旅の協力者(3)

 旅路の協力こそ取り付けられなかったものの、タバサはせめてもの計らいをと、スティルク領で泊まる宿だけは手配してくれた。


「メシはどうするんだ? うちの店で食っていくか?」


 タバサの提案に、起立していたアクセルは足を止める。


「奢ってはやらないがね。店では今頃、エリックがせかせかフライパン振っているだろうよ」

「……エリック……」

「せっかくスティルクまで来たんだ、あいつに顔くらい──」

「いえ」


 アクセルの決断は早かった。


「止めておきます」

「なぜ? 同じ半島にいる同期とくらい仲直りしておけよ」

「喧嘩なんかしてませんよ。してたとすれば十中八九あなたのせいです」


 一瞬だけ睨むようにタバサを見据えたが、すぐに表情を戻し、


「……今の僕は、会うべきじゃありませんから」


 ひどく静かに告げる。

 これは本心だ。騎士として半人前を晒し続けている自分が、誰よりも真っ当に騎士の務めを為しているであろう彼に合わせる顔なんかない。

 もし再びエリックと相まみえる日があったとすれば、然るべき時、彼にもグレンダにも誇れるような──騎士としてあるべき姿形で。



「この旅を終えたら、

「そうかい。騎士という奴は揃いも揃って律儀だね」


 律儀なのはタバサも同じだ。

 本部を抜け、己で手配した宿の手前まで一行を見送ってくれた彼女へ、別れ際、


「ああ。──最後にひとつだけよろしいですか」


 思い出したというよりかは、メロディアを連れたミュリエルが宿で受付をする、ちょうどそのタイミングを見計って。

 女性二人と離れ離れとなったわずかな時間に、アクセルはタバサへぐんと距離を詰めた。


「なんだ? キスのひとつくらいはサービスしてやる」

「アルネ公子はどんな魔法が使えるんです? その詳細をまだ伺っていませんでした」

「……公爵よりつまらん男だな、きみ」


 耳打ちできそうな近さで厚意をすげなくされると、タバサは少し不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「私が本人に見聞きした限りでは、『風』を操れるそうだよ。なんでも、風を起こしたり、その風で馬車の走りを良くしたり、空気の流れを読んだり……」



 風──馬車の走りか。

 言われてみれば、あの日スティルクで追いかけた馬は尋常ならざる走りを見せていたような。あれは、グレンダでもエリックでもなく、アルネの仕業だったのか。



 そうアクセルが逡巡している間もタバサはなにか違うことを考えていたようで、


「空気と言えば、彼はやたら人の気配に鋭かったとエリックが言っていたな」

「はい?」

「ほら、きみも知っての通り、日頃の彼はかなりぼんやりしているだろう? 甲斐性もないしな。だが時として妙な勘の鋭さもあった。物事の根幹に迫るような物言いもちらほら。あれも魔法の一部なのかね? 単に彼の風来坊な性分か?」

「はあ。……ま、風来坊という点に関しては同感ですが」

「真面目な話をしているんだよ、私は」


 なに言ってんだ、この女? ついさっきまでは茶化してきただろうが。

 タバサだってじゅうぶん気分屋だ、とアクセルが反論する間もなく。


「私はいまだ、わかりやすく『雷』を起こす程度でしかこの力を開拓してこなかったが。ジュビアの『雨』も、単に水を操るわけじゃない、どうやらさまざまな能力を兼ね備えているようだし……もしかすれば『魔法』ってやつは、我々が想像しているよりもずっと複雑で、現実に求められている役割も使い道も、まったく違っているのかもしれないな」


 意味深なことだけ言い残し、悠々と宿を去っていった。

 アクセルにはとても計り知れず、最後まで掴みどころがない女。

 もっとも、彼女の口ぶりからして、当分は国も領土も離れるつもりはないであろうことだけは確かに汲み取れたけれど。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



 宿のすぐ近くにあるレストランで食事を済ませ、再び戻った部屋で。


「……ふふ」


 急に、メロディアが含み笑いを浮かべる。

 レストランでは終始黙りこくっていた彼女の豹変に、アクセルもミュリエルも戸惑わずにはいられない。


「め、メロディア?」

「ふふふ、あはは……ほおーっ、ほっほっほほほ!」


 姉二人の真似事だろうか。

 メロディアは手の甲を口元へ向け、わずかに背中をそらし、声高らかに笑ってみせる。ひとしきり勝手に笑い転げるなり、


「お兄様。ついに、このメロディアがひと肌脱ぐ時がやって参りましたね!」


 そんなことを言い出すので、アクセルは困惑をいっそう顔に滲ませた。


「ひと肌って……ま、まさか……」


 はたと気付く。

 もしもタバサの記憶通り、この険しい旅路を照らす一筋の光となり得るのがスヴェンであったとしたら。


「だ、ダメだダメだ! なにを企んでいるんだ、メロディア⁉︎」


 嫌な予感が頭をよぎり、アクセルはがっとメロディアの両肩を掴んだ。

 ミュリエルも似たような想像をしたらしく、母親が娘をたしなめるような表情を浮かべ、


「そうですメロディア様」


 薄々勘付いていた彼女の目論見を制止する。


「あなたはアクセル様ほど、異性との付き合いに慣れた手合いじゃありません。急にらしくない振る舞いをなさって、先方をたぶらかそうとなさったところでどうせすぐにボロが出ます」

「そうだやめろ! 悪い女はタバサ嬢や『雨の魔女』だけでじゅうぶん……うん? 僕がなんだって、ミュリエル?」

「円滑にスヴェン様へ協力を取り付ける手段は、他にもいろいろあるはずです。そもそも、わたくしは彼のお人柄を存じ上げない身。……アクセル様、スヴェン・ヴェール様はどれほど信用できる御人なのでしょうか?」


 アクセルは答えに迷った。

 信用は……できる、かもしれない。かの縁談では、いったい裏でどういうやり取りがあったんだか、最終的にメロディアを泣かせていたけれど。

 ヴェール領の次期領主として──特に、騎士や騎士団との仲介役としては、未熟ながらも素質はかなり見込めるほうだ。


 ただ、それはあくまでも公国の上人としての話。

 公爵にも騎士団にも黙って、アクセルたちへ舟を出したり、ましてや舟旅に手助けしてくれるとは到底考えにくいのだが……。



「ですからわたしの出番というわけです!」


 根拠ない自信を振りかざし、メロディアはぐっと胸を張る。

 顔立ちこそ整っている自慢の妹であるが、アクセルから見ても、誰が見たってお世辞にも男性を籠絡するには物足りなさそうな慎ましい胸をこぶしで叩き、


「一度はスヴェン様と契りを交わす手筈となっていた身。あの方とであれば、今からでも恋仲になって、このメロディアにとことん尽くさせる、素晴らしい殿方へ仕立て上げられると、わたしは見込んでおりますわ。ええ、自信ありますともっ!」



 本当に自信満々だ。アクセルもミュリエルも心底嘆く。

「わたしにお任せください、お兄様!」

「うーん……大丈夫かなあ……」


 そうぼやきつつ、アクセルも内心では、その手しかない、むしろその手が一番有効だとさえ考えていた。

 不安なのはどちらかと言えばミュリエルのほうだ。

 彼はあの作戦で命を落とした、ミュリエルの弟についても相当気を病んでいたのである。


(良いのか? この二人を引き合わせて)


 ミュリエルは完全には計れていないだろう。スヴェンがどんな思いで、彼の死を悼んでいたのか。

 ──そもそも、ミュリエルこそ、彼との対面を内心嫌がっているのでは?



「ええと、ミュリエル」


 アクセルは探りを入れようとする。


「どう思う? これ……」

「どうもこうもございません」


 ミュリエルは毅然として答えた。


「お二人のご判断がわたくしの決定事項でございます」

「そ、そうかい」

「ただ、スヴェン様との交渉に関しては、メロディア様には少々難題が過ぎるとわたくしは考えております。どうかアクセル様も、メロディア様を援護なさって差し上げてください」

「そうだね。……交渉、か」


 かなり含みのある表現だ、とアクセルは苦笑いする。

 ともかく、アクセル一行の次なる目的地──そして、次なる標的は決まったのだ。

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