縁を繋ぐ(1)

 翌日。

 ヴェール領『枝分かれの道ノウンゴール』本部は、掃討作戦を控えていた時期と比べれば、葬式も済んだからか穏やかな空気に包まれている。

 騎士たちが粛々と己の務めをこなしている中で、


「──ひぇええぁあぁっ⁉︎」


 突如、その静寂を蹴破るような悲鳴。

 偶然居合わせた騎士たちが揃って視線を集めれば、


「ほっほほ、本当ですかぁ副団長⁉︎」

「はい」


 ゆっさゆっさと副団長の両肩を揺さぶって、人目もはばからず取り乱していたのはスヴェンだった。

 副団長は誰に対して眉をひそめたのか分からないが、


「クロンブラッド第三邸宅より、メロディア・へリッグ第八公女がお越しです。スヴェン氏に直接お会いしたいと」


 彼の報告で心を騒がしくさせたのはスヴェン本人だけではない。

 日頃からスヴェンとの親交が深い者も、騎士団ではそう珍しくなく、スヴェンに相談や悩み話を聞かされた者も一定数いる。ヴェール伯爵や兄への愚痴だとか、大学の課題が終わらないだとか。

 決して彼の噂を他の騎士たちに言いふらしているわけではない──言いふらしている者も中にはいただろうが──けれど、昨今にあった掃討作戦より前の大事件に関しては、知らない者のほうが少なかったくらいだ。


 初めて招聘がかかった『ヘリッグ集会』。

 かの場にて行われた──メロディアとの見合いが件について。



「ぼっぼぼぼぼ僕にぃ! 公女がいったい何用でぇ……」

「……何用って……」

「ふっ副団長!」


 騎士一同が固唾を飲んで事の成り行きを見守っている中、スヴェンはがしと副団長の肩を掴み、


「とりあえず、あなたは同席していただいて……」

「いえ、スヴェン様」


 彼とは親子ほどの年差がある副団長の次なる証言で、一同は確信した。


「可能であれば、騎士や他の者は部屋には入れないで欲しいとメロディア公女がおっしゃっておいでです」

「はいぃっ?」

「スヴェン様とは、人目を忍んでともに同じ時間を送りたいとも仰せつかいました」


 ──失敗してねえじゃん!

 騎士たちは一斉に散り散りとなった。誰ひとりとして「スヴェンの護衛に向かいます」などという無粋な申し出はしてこない。

 ただ何人かはスヴェンへ歩み寄り、


「健闘を祈りますよ、

「肝心なのはお話やお人柄よりも、それっぽい雰囲気ムード勢いノリですよ、スヴェン氏」

「年頃のフリューエなど、接吻キスのひとつでもして差し上げれば即堕ちイチコロですよ、スヴェン氏」


 とか好き勝手に助言を述べては、逃げるように去っていく。

 最後の最後までスヴェンにしがみつかれた副団長も、耐えかねたように手を払い除け、


「すでに離れの個室をご用意してますから! ……ヴェールの繁栄と安寧がためにも、どうかよろしく頼みましたよ、殿


 と言うなり廊下を足早に歩いていってしまう。

 頼みの騎士たちにも見放されたスヴェンが、


「えぇええええ……まだ予習も復習も不十分なのにぃいいいい……!」


 その場で頭をかかえうずくまり、ただひとりで悶え苦しんでいたのであった。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



 色恋で肝心なのは、それっぽい雰囲気ムード勢いノリ──。

 とある騎士の軽はずみな助言が、そろそろとメロディア公女の控えているという部屋の扉を開けるなり、急に現実味が増してくる。


「スヴェン様っ!」


 扉を開けるなり飛び出してきたメロディア公女。

 公邸では終始むすっとしていたはずの少女が満面の笑顔を振りかざし、


「お会いしとうございましたわ!」


 背伸びしてまでがばあと、スヴェンの首へ抱きついてきたものだから大変だ。


「ひ……っ、ひえぇっ⁉︎」


 素っ頓狂な奇声を上げたスヴェンは、廊下に人がいないのをすかさず確認し、


「し、失礼しますぅ……」


 誰に向かって失礼しているのか知らないが、華奢なメロディアの体ごと、自身を無理やり室内へ押し込み扉を閉めた。

 ここではたと、室内にはメロディアひとりでないことに気が付く。

 椅子に腰掛け足を組んだアクセルが、妹の所業に軽く顔をしかめていて。


「あっああ、アクセル氏⁉︎」

「本部への急な押しかけをどうかお許しください」


 およそ騎士とは思えぬラフな態度を装い、


「自分も一応、護衛として任に就いてはおりますが、ご覧の通り、今回はメロディア公女……いえ、妹の一存ですべてが決まった、わがままに付き合わされているに過ぎない身です。どうかスヴェン様も、あまり身を固くなさらずに」


 ふいと、二人から視線をそらす。


「……

「すっ……え……えぇええ……」


 他でもない兄の許しが出てしまえば、スヴェンも察しが付いてしまったのか、冷や汗をだらだらかいて突っ立っていることしかできない。



 もっとも、最後のセリフはアクセルとしても本意とは言い難い。

 本当に彼らが恋仲となるなら、別に今さら止めようとは思わないが、かといって本当に、あどけなく可愛い自分の妹をよその男に好き勝手に扱われるのは勘弁こうむる。

 だがへリッグ公爵じゃあるまいし、スヴェンが相手ならむしろ、このくらい彼の背中を押すような言葉であったほうがいくばくか進展も早まるだろう。


(ま、スヴェン氏がまともにメロディアを女性として見ているかどうかも怪しいからな)


 アクセルは小さく息を吐く。

 はたして、今のメロディアはいっぱしの淑女か。はたまた、兄から見てもよその男から見ても、まだまだじゃじゃ馬姫の幼い小娘でしかないか。


 そう──これは逢瀬だ。

 アクセルのほうが下手に重い雰囲気を漂わせ、スヴェンを警戒させるような不始末はあってはならない。

 なにか政治か、もっと裏のある事柄が絡んでいると気取られてはいけない。

 あくまでもメロディアの色恋か、それらしい真似事に付き合っているだけの、小粋な兄を演じなければ。

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