旅の協力者(1)
スティルク領に着いたのは夕方だ。
真っ先に向かった『
「やあアクセル氏。よく来たね」
タバサはさっきまで他の騎士たちとの会議に出席していたようだった。
どうやらミュリエルの手紙も届いていたようで、彼女はわざわざ遭遇しやすくなるよう建物に残っていたのだ。
空いた会議室へ案内され、一行は静かに着席した。
「そちらにいらっしゃるのがメロディア第八公女かな?」
「ええ、いかにも」
メロディアは小さく会釈する。
「お初にお目にかかりますわ、タバサ様」
「初対面ではないよ、一応ね」
タバサは日頃の粗暴さとは似ても似つかぬ優雅な所作で、自ら紅茶を振る舞う。
フリューエとしての最低限の気構えは、確かに備わっていたらしい。
「集会で何度かお見かけしたことはある。わざわざ話しかけはしなかったが……で?」
全員ぶんのティーカップを卓上へ揃えると、
「その箱入り娘をわざわざ連れ出してまで、私に何の用だ? アクセル氏」
自ら本題をうながした。
撤回しよう。やはり彼女は傍若無人、誰に対しても失礼極まる、フリューエと呼ぶに相応しくない女だ。
「改めてお伺いしたい話があります」
アクセルは感情を押し殺したまま告げる。
「この度、我々は本腰上げて『翡翠の王国』の所在と、所在がわかり次第、現地調査へ乗り出す運びとなりました」
「ほう」
「ただし、公爵や騎士団に対しては、内密に事を進めようと今は考えています。……まずは、あなた様にも、この件に関する一切の他言無用をお願いしたく」
万一『
さほど驚いた様子はなく、わずかに口角を吊り上げて続きを急かす。
「それで?」
「改めてあなたに問います。島の所在に心当たりはありませんか」
「ないよ」
タバサは間髪入れずに答えた。
「先日にきみと話した内容がすべてで、最後だ。私としても不本意だがね」
まあそうだろう。アクセルもまったく期待してはいない。
ただ、彼女へ聞きたいことは他にもあった。
「そもそもあなたは、孤島の存在をどこで知ったのですか?」
眉を上げたタバサの反応で確信に至る。
公爵から直接聞いた──なんてつまらない結論は止めてもらいたかったけれど。
「これまでの調べで、あの島に関する見聞はすべて、公家ヘリッグの内のみで為されていたと僕は現状認識しているのですが。この見解が違っているようでしたら、ぜひご教示ください」
「違わないさ」
またしても返答が早い。さてはこれも想定済みか。
タバサは一旦紅茶を口へ含み、小休憩を挟んでから答弁を続けた。
「あの島については、真の意味で当事者たりえる人間にしか語り継がれていない……私もそう見ているよ」
「そうですか。なら、当事者ではないあなたは、どこで?」
「簡単な話だよ。ヘリッグではないほうの当事者だ」
タバサは何食わぬ顔で答えた。
「国内で最初に『
アクセルは心底がっかりした。満足いく答えじゃなかったから失望したのではない。
公爵だけじゃ飽き足らず、まさかオイスタインまで口説いていたとは。
「……良い人生送ってますね」
ため息混じりに、
「かの森で僕へ散々ご高説垂れただけのことはある。あなた、手持ちのカードをその場で躊躇いなく切って捨てるタイプでしょう?」
皮肉をのたまえばちゃんと伝わったらしい。タバサは真顔で言い返した。
「今のは邪推だよアクセル氏。オイスタイン侯爵からは、政治的交渉で情報をいただいたのだ」
「さてどうだか」
「彼はヘリッグ公爵ほど見境ない男ではなくてね。まったく試さなかったと言えばまあ嘘になるが、どうも私はあまり彼のご趣味に合わなかったらしい」
やっぱり試したんだ。邪推どころか大当たりだな。
タバサに激しく機嫌を損ねている様子はないが、印象だけで決めつけられたのはさすがに癪だったのか、にやと悪戯に微笑んでアクセルへ反撃する。
「そもそも、奥方として城へ迎え入れないうちは一切合切手を出さない主義らしい。ははっ、彼も良い趣味しているだろう? さすがはグレンダみたいな処女くさい女を気に入る、アルネ公子のおじ上といったところか? このあたりどう考えるよ、アクセル・ヘリッグ?」
「別になにも」
アクセルは絶対、これ以上タバサの挑発には乗るまいと心を閉ざす。
「要は、あなたが見境なかっただけの話ですね」
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
もうしまいだ。やめたやめた。
タバサも用済みだし、さっさとスティルクを引き上げよう。
ていうか、こんな醜い大人の生き様をメロディアにはこれ以上見せたくないし、タバサともこれ以上は深く関わり合いになってほしくない。
タバサをアテにしたのはいろんな意味で失敗だった。
うちの妹の教育に良くないアバズレ──とアクセルが席を立ちかけた時。
「──侍女の身分で出過ぎた真似をいたしますが」
終始やり取りを聞いていたミュリエルが、
「もしやタバサ様は、アクセル様も参加なさった先日の軍事作戦に、直接関わっておいでなのですか?」
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