旅の支度(3)

「差し当たって……いかがです? まず港の関係者へ話を聞きに行っては」

「ダメだ、ミュリエル」


 暗い声色で、すかさずアクセルは提案を取り下げた。


「行き先を公爵にも、騎士団にも伏せてあるんだ。本気で島を目指すつもりなら、クロンブラッドに限らず、騎士と繋がりのある港関係者は特に頼れないと思ってくれ」

「なるほど……難しい道程になりそうですね」

「どうしても行くとお前たちが言うなら……そうだな……」


 思案し、アクセルは告げた。


「とりあえず、タバサ・スティルクをあたろう」

「タバサ・スティルク? なぜ、かの男爵令嬢を?」


 ミュリエルもメロディアも、彼女が『魔法使い』であることや、公爵との度重なる密会についてはまったく知らない。

 国家機密をこれ以上バラす訳にはいかず、アクセルは言葉を濁した。


「彼女も島について、独自でいろいろ調べているみたいなんだ。僕らが現地を目指すと改めて話を持ち掛ければ、ひょっとしたらさらに有力な情報を渡してくれるかもしれない」


 嘘ではない。アクセルとタバサは、こと孤島に至っては実質的な共謀関係にある。


「ついでに舟の手配についてもアテを探ろう。あの御人は経営者でもあるからね」

「なるほど、かしこまりました。わたくしは異存ありません」


 頷いたミュリエルは、部屋の机に向かうなり紙を広げ、筆を取る。


「でしたら、早速タバサ様宛てのふみをこしらえます。こちらが夜明けと共に屋敷へ戻り、早くて昼にならないうちに出発したとしても、朝一でスティルクへ送ればわたくしたちの到着よりも早くに知らせが届くでしょう」


 なんという手際の良さ。メロディアといいミュリエルといい、他人の恋路が絡むとなればこの行動力。

 ヴェール領との縁談ではこうはならなかったのに、とアクセルは感心した。



 ──それとも。

 そんなにもアクセルの将来を案じていたのか、この二人は。


(参ったなあ)



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



 結局、その夜はアクセルも同じ宿の別室を取る。

 夜明けとともに騎士団本部へ向かい、寮から必要な荷物を運び出したタイミングで、ミュリエルが手配した馬車も早々とやってくる。

 馬車の中をのぞくなり、アクセルは息を呑んだ。


「……メロディア」

「いかがです? お兄様」


 メロディアは髪を束ね、後頭部でひとつにまとめていた。

 装いも、いつもみたいなドレスやワンピースの類ではない。長旅に備えて動きやすいよう、おまけに庶民の世相になじみそうな服をわざわざ選んで来ていた。

 ズボンを履いている淑女など、タバサ以来久しぶりに見た気がする。


 ──いや。

 かの『雛鳥の寝床エッグストック』では、毎日のように見かけた光景か。


「これなら公女でも悪目立ちせず、あらゆる街を出歩けるのではありません?」

「ああそうだね。……本当、行動が早いよ」


 感心する素振りを出しつつアクセルは、妹へ本心をひた隠しにした。

 口が裂けても言えまい。

 どこかグレンダの面影があって、勝手にどきりとしただなんて。



 行動が早かったのはイェールハルドも同じだ。

 夜のうちにメロディアの申請が通ったことで、アクセルも同僚とまったく顔を合わせないまま本部を発った。

 第三邸宅へ帰ってくるなり、荷作りも昼を越えずに済んでしまう。


「こんなに身軽で良いのかな?」


 アクセルが心配すると、ミュリエルは毅然として告げた。


「初めから荷物を大きくする必要はございません。旅の都度、入り用となったものを適宜そろえ、買い足すくらいがちょうどよろしいかと」


 一方メロディアは、つい昨日アクセルに返されたばかりの、ペンギンのブローチを首から下げていた。

 自分で紐を結んで、ペンダントの形に直したらしい。


「それ、旅に必要?」

「必要不可欠ですわ」


 即答するメロディア。


「お兄様とのよりよき旅路を願う、お守りにございますので」


 かくして一行は、同じ馬車に乗り込み、再び屋敷を抜ける。

 これからまだ見ぬ孤島へ向かうというのに、随分と軽い身持ち、心持ちだとアクセルは自分でも面食らっていた。

 ここで思い馳せたのはやはりグレンダ。

 アルネにそそのかされ、あるいは無理矢理に国外へ連れ出されたとばかり考えていたけれど。


(国を出るって、案外たいそうな事柄じゃないのかな)


 おそらく『雨の魔女』も、あの軽装でいろんな国を行き来して──。



 パン、と両手で自らの頬を叩く。

 いけない。最初からアルネや魔女といった蛮族どもに惑わされているようでは。

 ここからは自分がしっかりしなければ、己もメロディアたちも、次第によっては命がいくつあったって足りないかもしれないというのに。


(まずはタバサ嬢か。……正直、あんまり期待できないけど)


 彼女の本部での様子からして、もし島に関する有力情報を握っていたのなら、あの資料庫で初めからアクセルにも共有していただろう。

 ゆえに、タバサへ求めるべきは情報よりも舟。

 少しでも冒険の旅が風向き良くなるために、尽くせる手は全霊で尽くしてみようと、アクセルは改めて胸に誓った。

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