旅の支度(2)

(ただスヴェン様は、どう見ても方便がお得意な方ではない。あまり迷惑をお掛けしたくないな……まあ、どうせ行かないから別にいっか)


 ここまでメロディアに言い切られても、まだ答えを渋っているイェールハルド。

 しかし助け舟を出したのはなぜかヘリッグ公爵だった。


「まあ、良いじゃないかイェールハルド。自分探しは大事だぞ、いや本当に」

「公爵……ですが公女の安全を確保できません」

「アクセルが付いているならどうとでもなるだろう。護衛など、行く先行く先の騎士に任せればじゅうぶんだ。それに、ほら、旅は行けるうちに行っておかないと、歳を食えばそこそこ体も心も老いて、新しい物事への関心が持てなくなっていくからな」


 よく言えたな、老いを知らない男が。

 むしろ日を追うごとに肌ツヤ良くなって若返っていくとさえ世間では噂されているくらいじゃないか──とアクセルは内心呆れ返ったけれど。


「ご理解いただけました? お父様」


 メロディアがにっこりと天使の微笑みをもたらせば、おのずと執務室に花が咲く。

 笑い返しこそしなかったものの、ヘリッグ公爵の胸中もさほど悪い天候じゃなさそうである。


「おう。まあ気を付けて行ってこい」


 ひらひらと手を振っているヘリッグ公爵と営業スマイルを続けているメロディアを交互に見るなり、イェールハルドは根負けしたのか、極力浅い息を吐いた。

 アクセルも心の中では平謝りだ──どうも、うちのじゃじゃ馬姫がすみません。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



 アクセルの借用許可をもぎ取ってくると、メロディアは鼻歌まじりにミュリエルが待っている宿へ引き返す。

 外は暗くなりかかっていたから、部屋に着けばすかさず、心配そうな顔をしたミュリエルがすっ飛んできた。とっくに喪服も着替えている。


「ずいぶんと遅いお帰りでしたが……なにか事件にでも巻き込まれてはおりませんか?」

「いいや逆だね」


 しかめ面をしたアクセルが土産の肉団子ヒョットカーケをどかりと床へ放り、


「事件を起こしたのはメロディアだ」


 などと言い出せば、当然ミュリエルも顔色を変える。


「は? ……いったい、なにが」

「誤解を招くような言い方はやめてくださいお兄様」


 メロディアはあっけらかんとした態度で、事の顛末をミュリエルにも説明する。

 ミュリエルはぽかんと口を半開きにさせたまま話を聞いていたが、


「『死の雨シーレライン』……『翡翠の王国』……女騎士グレンダ?」


 みいはあミーハーな淑女とは、こぞって同じ反応をする生き物のようで。


「例のおとぎの国に、アクセル様とご同級だったという、例の女性騎士がご滞在だと?」



 ──だから、なんでピンポイントにそこを聞き返すんだ!

 もっと大事な話、いっぱいあっただろう! 二十年前の大災害とか、先日の革命軍とか『雨の魔女』とか!



 メロディアの説明の仕方もよろしくない。

 女騎士の部分だけやけに強調して、


「そうなのよミュリエル! これはお兄様の、騎士としての威信にも、いち殿方としての映えある未来にも関わる超重大案件なのですっ!」


 などとはやしたてるので、ミュリエルの面持ちもいっそう真剣になっていく。

 いや、真剣そうな顔は掃討作戦が絡んできた展開あたりからずっと浮かべていたのだが、アクセルも観察していてひどく不思議なことに、彼女でさえ噂ばかりの孤島と、なにより女騎士の所在にこだわっているようだった。


「よって、わたしたちはしばらく屋敷を空けます」


 呼吸を整え、ようやくメイドの彼女へ伝えるべき本題へ入ったメロディア。


「どうか第三邸宅の留守と、金品の管理をよろしく頼んだわよ」


 言ってしまえば、どうせひとりしか住んでいないメロディアが留守にするか否かというだけの問題だ。

 あの屋敷の管理はもとより、ほとんどミュリエルが請け負っていたようなものであって、こなすべき彼女の務めは大して変わらない──とアクセルはたかをくくっていた。

 だが、ミュリエルの返事は違っていた。



「いえメロディア様」


 ミュリエルはあごを引いて告げる。


「その旅路、わたくしも謹んで同行いたします」

「はっ?」


 素っ頓狂な声を挙げたのはアクセルだ。やれやれと壁へ背中を付けていたのをぐっと離し、


「なにを言っているんだ、ミュリエル⁉︎」

「わたくしの務めはお二方の給仕にございますよ?」


 制止しようとすればなぜか睨みつけられる。

 どうもミュリエルは、自分だけ仲間外れにされかかっているのが相当気に障ったらしく。


「あるじが不在の屋敷のみを守っていてなんになりましょうか?」

「だ、だからって……いやダメだ! 僕はそもそも、この旅に賛同したつもりも」

「アクセル様がお請けになったのはメロディア様の『護衛』にございましょう? 『給仕』はわたくしが請け負いますので、危険の多い旅路であればこそ、あなた様にもそちらのお務めに専念していただかなければなりません」


 ダメだこりゃ。こっちのフリューエも聞く耳持たねえ!

 正論っぽい理屈をつらつら並べたて、まくし上げた挙句、結局はミュリエルの第一主張もこうだった。


「死人に対して喪に服すことなどいつでもできますが、生者へお目通り願えるのは、相手が生者である今でしか叶いません。今向かわずしていつ向かわれるのですか? 今でしょ?」

「さすがミュリエル、よくわかっているじゃない! わたしも全霊をもって、お兄様の旅路を応援させていただきますわ。いえ、旅路っていうか……恋路?」

「うるさいなあ二人とも⁉︎」


 アクセルはちゃんと頭を抱えた。

 自分をどうにか納得させようと徐々に旅の目的をすり替える。


「そうだ、調査だ。かつての大災害や、今起きている戦乱の火種かもしれない孤島への現地調査だ。決してグレンダがどうとかいう浮かれ心じゃない、これはれっきとした騎士の務めなんだよ!」




 メロディアとミュリエルは顔を見合わせる。

 わざとらしい目配せをして、いったいどんな心の通じ合わせ方をしたんだか知らないが、


「……ま、今はそういうことにしておきましょう。ねえミュリエル?」

「はい。ひとまずはそういった動機と仮定しておきましょう、メロディア様」


 どこぞのレイ・ベルラ姉妹みたいな漫才を匂わせつつ、二人はアクセルが持ってきた肉団子ヒョットカーケを口へ運ぶ。

 部屋の温度がほどよく温まってきた頃合いで、


「ただ、目的地が孤島というのはいささか問題があります」


 ミュリエルはあごへ手をやり、もっと真面目そうな表情を作った。



「本当にアテはないのですか? そこが内陸であったならまだしも、舟を使っての旅路というだけでもリスクは大幅に跳ね上がってしまいますから」

「そうだろう? だから気が進まないんだよ……ましてやお前たちを連れ出すなんて」

「行かないとは一言も申し上げておりませんよ」


 ぴしゃり。

 ミュリエルの確固たる構えで、アクセルはもう一度額を押さえる。


「わずかでも勝算を上げるべきというお話です」

「勝算だってえ?」

「はい。島に関する文献もなければ見聞もない。でしたらせめて、船旅や地理に少しでも見識ある御人へ協力を仰ぐというのが、勝算を上げるための常套手段、セオリーにございましょう?」


 さすがミュリエル、こういう時はちゃんと理に適った発言をする。

 今に限ってはそんな思慮深さも、アクセルにとってありがた迷惑だけれども。

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