掃討作戦(1)

焔の革命児ラーモ・デ・ジャマス』掃討作戦、決行当日。



 アクセル含め作戦の参加者だった『海を翔ける鳥ペンギンナイト』が、本部を発ったのは昼頃。

 ヴェール領に着き、『枝分かれの道ノウンゴール』の騎士から案内を受けつつ、両団の参加者が大部屋に集結したのは夕方あたりだった。


 深夜決行かつ少数精鋭による極秘の作戦とはいえ、二日前の会議よりも人数は増えている。細かく区切られた小隊のひとつには、ミュリエルの弟も呼ばれていた。

 もちろん、彼らの最前に立ち発破をかけるのはイェールハルドだ。


「騎士団の真価が試される時が来た!」


 日頃では無駄に声を張らないイェールハルドでも、今回ばかりは勝ち気が声色に乗っている。


「賊の中には自在に操る炎や、常人ならざる能力を使う輩もいるだろう……だが! 相手が有したすべの程度など、我々が長年積んできた鍛錬や研鑽の前には一切合切関係ない!」


 きっぱりと、なんの迷いも匂わせず。


「ただ己が果たしてきた務めを今宵こよいも果たすのみと心得よ!」

「「了解!」」


 騎士たちの声にも張りがある。

 要は、自分と騎士団の力を信じろ──と、他でもない彼が言っているのだ。なにも恐れるものはないと、皆の表情から静かな自信がみなぎっていた。

 そのまま森へ向かいそうな勢いだった雰囲気の中、


「あ……あの!」


 どこからか、か弱い声が降ってくる。


「い、一点だけよろしいですか」


 大部屋の片隅でおずおずと手を挙げ、発言したのは、作戦には直接同行しないスヴェンだった。自ら声を上げておきながら、視線の集中砲火にびくと肩を震わせる。


「え、ええと……各人に配られた灯火ランプは、ご自分もしくは後ろに控えているかたの足元を照らすためのものと捉え、できる限り地面から近い位置を取るようにしてください」


 まだ着火していないランプで実演混じりに、


「いつでも剣を抜けるよう利き手とは逆で持ち、常に背中へ隠し、決して進行方角へは炎を向けないこと。その、最小の炎でもじゅうぶん視界は確保できますので……」


 案じてきたスヴェンへ、イェールハルドも納得するように頷く。

 炎の扱いに気を配るのは、なにも魔術師でなくたって可能というわけか。


「ご提言感謝いたします。……以上の点も踏まえ、公国の秩序保持がため、各自、全霊を尽くすように!」

「「了解!」」



 アクセルはふと窓の外を見る。

 今夜は雲がとても多く、風の吹きかたから見ても、じきに雨が降ってもおかしくない怪しい天候だ。降雨があればランプが使い物にならなくなる懸念はあったが、炎を失って困るのは相手も同じだろう。


 むしろ、隠密さが求められる今回に限ってはてんも騎士団に味方していた。

 ──なにより、雷を落としやすそうだ。


(タバサ嬢は……やはりこの場には不在か)


 最後の最後まで、タバサと関係していそうな指示も一切出されなかった。そちらの扱いについては、団長は果たしてどう考えているのか。


(まさか本当に自由行動? ……まあ、この中にいる誰かしらが指示を受けていると信じるしかないな)


 靴紐やネクタイ、特に剣鞘に緩みがないのを確認する。


(今の僕は、僕自身がこなさなきゃならない務めに専念しよう)


 そうして夜を待ち、作戦部隊は小隊に分けて少しずつ進軍を始める。一斉に本部を出ていく姿を住民などに見られてしまっては、賊に突撃を悟られかねないからだ。

 アクセルが属した隊は実戦経験が浅いからそこに配置されたのか、単なる偶然か、他の隊よりもかなり遅れての出陣となった。

 先発組の背中を遠い位置で眺めつつ、隊長の指示に合わせて森へ入る。

 森に入れば各隊は作戦通りに分散されていき、街の明かりも空の月光も完全に消え失せ、


「点けよう」


 という隊長の簡素な号令で、アクセルは自分のランプに火を灯す。

 賊が潜んでいるという拠点──特に、タバサもかつて使っていたという小屋は、きっとこの位置では視認しないまま作戦自体が終わるだろう。

 実のところアクセルは、掃討作戦の要たる拠点への突撃には直接関わらないようなポジションだったのだ。


(僕のいる隊が求められているのは、先発組から伝わってきた作戦の進捗を引き継ぐこと。負傷者が出れば安全圏まで運んで速やかに手当。なにより……彼らが捕らえ損ね、森を出て行こうとした賊を絶対逃さないことだ)


 すぐ近くの足音しか聞こえず、前にいた騎士が持っている炎もゆらゆらと風に合わせてなびいているのみで、森は静寂を続けていると感じた。

 地図上で記されていた待機場所に着いた頃、隊長が小声で。


「あと六十秒」


 なんのカウントダウンを示していたかは明白だ。

 時計を有していたのも、正確な時間を測れるのも隊長だけであり、差し迫る決戦に備え、アクセルは周囲をいっそう警戒する。


「あと三十びょ──」


 隊長が言い切る前に。

 しんとなっていた森で、突如喧騒をもたらしたのはやはり小屋のある方角だった。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



 ドゥウ──ン……ッ!!


 遠くのほうで爆発音らしき喧騒。

 騎士団が銃や火薬を作戦に用いる予定はなかったはず。となれば──


「隊ちょ──」

「騒ぐな。我々が為す務めはこれからだ」


 隊のうち誰かが指示を仰ごうとしたのを、すかさず隊長が制する。

 しかし先発組に予期せぬ事態、あるい予期していた以上の事態が起きたと彼らが悟ったのも早かった。



 ──ほむらが、夜空を舞う。

 それが自分たちや仲間が持っているランプによる光でないことは誰もが理解して、 


「伏せろ!」


 はっとして隊長が叫んだのと、

 アクセルたちがその場で屈んだのと、

 焔が空中でぜたのと、

 どういった時系列で順を追って起きたかは、アクセルにも誰にも数えられない。



 はらはらと頭上へ火の粉が落ちてくるのを空気の流れで感じながら、


(……まあ、ね)


 強がりでも見栄でもない、アクセルは自分でも驚くほどに落ち着き払っていて。


(何事も、そう上手くは事が運ばないようにできているものさ)

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