燃ゆる帝国と炎の革命(2)

 ザン、ザン、ザン、ザン。

 複数人が足並み揃えて進行する音が、遠くから聞こえてきた。

 アルネたちは姿を見せないよう依然として建物の影に身を潜めている。


 ザン、ザン、ザン、ザン、ザン、ザン、ザン、ザン。

 足音は次第に大きくなっていく。

 ただ近づいてきているのではない。行進の人数も増えているようだ。


(帝国軍? ……いえ違う。何者?)


 その群れにグレンダはまるで心当たりがなかった。

 決して狭くない通りを並列で歩いているのは、兵士みたく同じ格好をするわけでもなく、そこいらの民間人と変わりない服を、誰もが思いのままに着込んでいる。


 ただひとつ統一されていたのは、左胸に見慣れない金色の麻布ゼッケンを縫うなり貼り付けるなりしている点だ。

 その麻布ゼッケンはまるで騎士たちの徽章バッジ。同胞であることを示す、彼らにとっての証みたいなものか。

 不揃いな格好で、槍なり銃なり、それぞれが獲物を携え堂々と歩く集団。


(グレンダ)


 アルネがグレンダの裾をつまんでくる。

 振り返ると不安げというよりも、彼らの佇まいを訝しむような表情をしたアルネから、


(彼ら、じゃないか?)

(え? ……っ、ええ。はい、確かに……!)


 ひそひそ話をされたことでようやくグレンダも、彼らのさらなる異様さに気が付く。

 多少の年齢差はあれど、放火を繰り返しながら我が物顔で通りを進む誰もが、少年少女と呼んで差し支えないあどけなさを残していた。



 騎士でも兵士でもない、ただの子どもが武器を持っている。

 長らく然るべき教育機関で研鑽を積んできたグレンダにとっては衝撃的な光景だ。

 やがて、中心を歩いていたひとりの少年が新聞紙を丸めたものを口へ当て、あたり一帯に聞こえるよう声を大きく張り上げ──



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



「我らほむらの使者がここに宣言する!」


 ザン、ザン。


「帝国の秩序はすべてエスニア共和国の手中にあり!」


 ザン、ザン、ザン、ザン。


「西から東へ、南から北へ! 我らはそう遠くない未来で大陸全土を掌握する!」


 ザン、ザン、ザン、ザン、ザン、ザン、ザン、ザン。


金色こんじきの旗を共に掲げんとする名もなき同胞たちよ、武器を取り今すぐ立ち上がれ!」


 並列する子どもたちが、こぞって金属音をかき鳴らす。

 大勢で一度に音を鳴らすその迫力たるや。その表情は誰もが、いかにも自分は戦士ですと誇らしげでいたようにグレンダには見えた。

 しかしグレンダは彼らの姿で、猛烈に歯がゆい感情を募らせる。


(エスニア共和国……? 帝国の子たちでは無かったのね)


 子どもが自ら武器を取る情景はボムゥル領でも目にしている。

 しかし、今起きている状況は明らかにおかしい。道理がまるでなっていない、とグレンダは感じた。

 騎士団でも軍隊でも、本来であれば大人たちに守られるべき立場であるはずの非力な彼らが、己の主張を通すため暴力に頼らざるを得ないという、彼らの置かれた状況が心苦しい。


「エスニアって……帝国のすぐ隣にある?」


 アルネも彼らの宣言を聞いて首を傾げた。

 正直グレンダたちノウド公国民にとって、エスニアとはあまり縁がない。

 どんな土地柄でいかなる民族がどのような暮らしをしているのか、ほとんど知識を持っていないのだ。

 ただ、騎士学校でグレンダが学んだことと言えば。


「エスニアが共和国になったのはつい最近です、アルネ様。それまでは公国と同じように軍事主義を貫く君主制国家だったと記憶しております」

「そう、だな。ノウドと似たような赤い国旗だったと僕も思うよ」



 少なくとも、あそこまで金色を主張してはいなかったはずだ、とアルネも同じ感想を抱く。


 そんな二人の数歩ほど後ろから、セイディはとても忌々しげに、アルネたちに目もくれず通り過ぎていく行列を睨む。

 やっと静寂を取り戻した街中で、誰よりも静かに、ある言葉を口ずさんだ。


「────『焔の革命児ラーモ・デ・ジャマス』」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る