誰も望まない再会(7)

「あの局面で敵を始末できなかったお粗末な判断、加えて今のかったるい動き。いくら『雛鳥の寝床エッグストック』で優等生を名乗れても、その心技体が実戦で活かせないんじゃあ意味ないって、自分でも考えないのか?」

「こん、っの」

「たった三ヶ月やそこらで随分とにぶく……いや、のろくなっちまったじゃねえか。今のお前を見たら、きっとアクセルもがっかりするだろうさ」


 グレンダを押さえつける力はまだ強さを増していく。

 いくら蔑まれて憤慨しようと、やはりエリックの両腕から逃れることは叶わなかった。


「なんでお前がそんなに腑抜けたか、当ててやろうか?」


 口角を歪めたエリックが、


「色男にうつつを抜かし過ぎだ、おぼこ女。そんな風におめかしまでしちゃってまあ」


 左右縛りツインテールを指摘してきたことで、グレンダはかっと顔に熱を込める。

 ようやく自分でも縛れるようになり、慣れてきた髪型を改めて知り合いからからかわれるとやはり羞恥心を隠しきれない。


「う、るさい……馬鹿にするな! 私も好きでやってる訳じゃないのよ」

「あん? そうなの? 別に馬鹿にはしてねえよ。むしろ、今の腑抜けたお前ならそんな髪型も案外似合うんじゃねえの」


 ゴスッ!!

 とうとう拘束から抜け出した片足で、思い切りエリックの腰を蹴り上げる。

 エリックが顔を歪めた隙に、グレンダはまもなく体を起こす。上気する頬と早まる鼓動を懸命に鎮めながら、屋根の端へ後ずさりしエリックから距離を置いた。



「は〜……だいたいなんだよ、とんずらって。迫る戦場いくさばから事もあろうに逃げるだと? しょうもない。それこそお前に一番似合わねえ言葉だ」


 腰をさすりながらエリックは声を荒げる。


「そんなしょうもないことのためにスティルクの情報流したわけじゃねえよ」

「エリック……あなたこそ今日は変よ。急にこんな……学校で習った騎士らしい振る舞いを忘れてしまったの?」

「かもな。悪いね。俺もここ最近は気が立っているんだ」


 やっと解放されたグレンダが責め立てれば、エリックはあっさりと肯定してしまう。

 屋根にごろんと寝転がると、再び夜空を鑑賞し始める。



「……ったく。騎士道なんてくそくらえだ」


 静けさを取り戻した森中で、エリックがそう吐き捨てたのでグレンダは聞き返す。


「スティルク領でなにがあったと言うの? あなたも随分と変わったわ。これではクラウ先輩や他の男どもと同じじゃない」

「はあ? なんだそれ」

「紳士であるべき騎士が、いつから軽率に女を襲う野蛮人に成り下がったのかと聞いているのよ」

「このくらい手荒でなきゃあ生き残れない世界に飛び込んだからだよ、辺境で平和ぼけした副首席様。……十一elleveだ」

十一elleve……なんの数字?」

「俺がここに赴任してから死んだ騎士の数だよ」


 グレンダは呼吸を止めた。

 血の気が引いていく感覚に見舞われている間にも、エリックの衝撃的な告白は止まらない。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



「一度襲われたくらいで騒げるなんてイースも幸せだな。こっちの砦じゃあ、ヴァイキングもただの盗賊も出所不明の偵察兵も毎日のようにわんさか湧いてきやがる。向こうにあるのは帝国じゃなくて隣国だぜ? 本当に同盟結んでるのかよ」

「そん、な」

「タバサ嬢が商会立ち上げてからは多少ましになったらしいが、町もまだまだ治安が悪い。諜報員も珍しくないしな。……同期だって俺の目の前で三人られた」


 エリックは語るほど、むしろ冷静さを取り戻していく。

 人間の温度を失っていくエリックを、グレンダは信じられない思いで見据えた。


「一人目は初日の見回り、二人目は翌週、三人目は結構最近……でも、それで俺が泣いたのは最初のひとりだけだ」

「エリック」

「たったふたりだ。二人目ではもう、仲間の死を目にしてもなんの感情も湧かなくなりやがった」


 真顔で自嘲しているのがグレンダにもわかる。


「自分でもわかるんだよ、五臓六腑、この心臓に至るまであらゆる感覚が日に日に研ぎ澄まされていくのが。きっとお前やアクセルのことも、いざとなれば躊躇いなく斬るんだろうな、俺」

「あなたに私は殺せない。私の方が強いもの」

「強がるなよお人好し。戦いの世界では結果がすべてだ。実力も運も結果の前じゃ全部無意味だよ。たった今思い知っただろ? はは」


 見たことのない笑みを浮かべた。

 真っ当な人間でなくなる自分を卑下するエリックの笑顔は、今までグレンダが見てきた中で最も切なさを帯びていた。



「なあグレンダよ。俺はさ、騎士という仕事が自分で思っていた以上に向いていたらしい。お前はどうだ? 自分が本当に、今の仕事をまっとうできていると思うか」

「……とりあえず」


 グレンダはどう返事したら良いかわからず、今まさに必要な言葉しか投げかけることができない。


「後半の見張り番は私が請け負うから。せいぜい三時間は居眠りしないよう心がけなさい、優秀な騎士様?」

「はっ。相変わらず口の減らねえ女」


 梯子を降りながら虚勢を張れば、エリックはようやく、いつもの軽々しい調子を取り戻す。

 しかし地面に足を付けたグレンダへ、最後に語り合った本音は互いの心を静かに痛めつけたのだった。


「会いたくなかったなあ、こんなところで」

「同感ね。……ええ、本当に」

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