誰も望まない再会(6)

「ここまでの話から察するに、国の外へ出るつもりなんだろ」


 沈黙がどれほど続いただろう。

 瓶に蓋をし、先に口火を切ったのはエリックだった。


「おおかた戦場いくさばからずらかりたいっつう道理だろうが、召集令の拒否はもとより国外逃亡なんてばれたら重罪だぞ。いくら公子でも、領地を取り上げられるだけじゃ済まない」

「だったらなんだと言うの?」


 グレンダが平常心を崩さないまま、


「私のあるじがご自身でお決めになったことよ。あなたにも誰にも文句は言わせない」

「ふうん。あるじの、ねえ」

「取引はすでに成された。あなたが借り物だか小間使いだか知らないけれど、もし『消えた地平線ネイビーランド』への密告でも企もうというなら、たとえご令嬢の御前ごぜんでも構わず斬り捨てるわ」


 そう脅しつけても、エリックは眉ひとつ動かさない。

 数秒ほど間を空けてから、ようやく自分の意思をグレンダへ伝える。


「俺も立場はお前と同じだからな、俺のあるじの決定に従うだけだよ。……そもそも、俺はあの場でお前に斬られると覚悟していたくらいでね」


 エリックの黒目に、夜空でぽつりと浮かんでいた星の輝きがわずかに映り込む。


「なあグレンダ。あるじのためって話なら、お前はすでにひとつ辻褄の合わないことをしたな」

「なんですって?」

「どうして俺を殺さなかった?」


 グレンダの思考が一瞬止まったのを、その気配で決して見逃さなかったエリックがたたみかける。


「よその騎士に顔を見られた時点で、口を封じておくのはむしろ鉄則だ。俺だってお前の立場ならそうする……それが顔見知りなら、尚更だと思わないか?」

「……必然性があれば私もそうしたわ。でも、あの時はアルネ様が」

「殺すなと言われたから止めたってか? その判断でてめえのご主人様がタバサ嬢に撃たれたかもしれないのに?」


 エリックに反論するための適切な言葉が見つからず、グレンダが返事をしあぐねていると。


「だいたいな、それを言われたのはタバサ嬢と向き合ってずっと後だろ? その前にお前の判断で俺を斬る時間はたっぷりあったはずだ」

「……っ、それは」

「あの公子様は俺が見た限りでもあまりに指示が遅すぎる。交渉も下手くそだ、あの可愛らしいメイドちゃんよりもずっとな。あるじが未熟なら尚更、騎士のお前が適切な行動を取らなきゃいけないはずだろ?」



 さらなる行動の矛盾を突きつけられ、グレンダはエリックを睨みつけた。

 空を眺め続けているエリックへ、反論と呼べる内容ではなかったがグレンダはようやく言葉を投げつけようとする。


「エリック。あなた、なにを知ったような口を──」


 ──グレンダの視界が暗転する。

 不穏な影に気がついた時にはもうエリックに腕を掴まれていた。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



 まずグレンダが危惧したのはアルネたちだった。

 屋根が激しく軋んだ振動を真下で感じ、室内からなにか不審がられはしないかと反射的に意識を割いたのだ。


「──っ、離しなさい」


 体はすでに板上で倒されていて、どれほど力を込めてもびくともしない。

 太ももを膝で踏みつけられ、片肘と肩を押さえつけられれば、いくら格闘技術を日頃から刷り込ませた体躯たいくといえど、華奢なグレンダが大剣振り回すエリックの太い腕を容易に振り解けるはずもなかった。


「ほうら、気が緩んでる」


 鋭い眼光でグレンダを見下ろしたエリックに、


「口ばっかり達者で、実のところ俺への警戒心や敵意のかけらも感じられねえ。先が思いやられるな。その調子で本当に、公爵から逃げ切れるのか?」

「離せと言ったのが聞こえなかったの? 今度こそ敵対行為と見做すわよ」

「勝手にすれば? 今お前がこんな目に遭ってるのは、俺を生かしたからだぞ」


 そう凄まれるとグレンダは両眼の色を揺らす。

 お世辞にも紳士的な振る舞いが得意な男ではないとはいえ、エリックからここまで粗暴な言動を受けたのは初めてだ。



 実は、昼間に襲いかかってきたエリックの獰猛さにも、グレンダは密かに驚いていた。

 騎士学校では一度も目にしなかった、同期の本性……。

 グレンダは知らなかった。『男』とはこれほどにも豹変する獣だったのか。


 そしてエリックもまた、グレンダの『女』の部分が大きく揺れ動いていることに気がついていた。

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