誰も望まない再会(3)

 タバサの証言通り、最初にグレンダたちが耳にした銃声の方角では一頭の大鹿がぐったりと横たわっていた。


「あ〜ほら、あんたが持つのはこっち。どうせそんな細い腕じゃ、デカブツの胴体を持ち上げられないだろ?」


 大鹿を縄でくくったエリックが、ふてぶてしい態度でアルネに指示を出す。いかにもアルネの非力さを強調した言い方に、本人よりも早くグレンダが苦言を呈した。


「私のあるじに無礼よ。立場を弁えなさい」

「立場を弁えるのはお前だろ?」


 エリックはグレンダに目を向けることすらなく、


「タバサ嬢の機嫌が良いうちに身の振り方を改めろ。あの人怒らせて怪我した奴が、俺の先輩騎士に何人いると思ってんだ?」


 そう忠告し返してくるのでグレンダは眉をひそめた。

 よその賊ではなく自分の従者を怪我させるあるじなど、果たして存在して良いのだろうか。

 そして仮にエリックの話が事実だったとしても、当のエリックの素振りからして、彼もさほどタバサのことを敬っているようには見えない。



「……アルネ様。彼女とはいったいどこでお知り合いに?」


 グレンダが気になって探りを入れれば、アルネはこそこそと耳打ちしてくる。

 タバサはまるで運び出しを手伝う様子がなく、すべてエリックに任せたまま近くの木陰で二本目の煙草をふかしていた。


「イース城で暮らしていた頃の話さ。スティルク男爵も社交好きでね、娘の彼女を連れてパーティへよく顔を出していた」

「左様ですか……あのご令嬢となにか因縁でも?」

「因縁なんてもんじゃない!」


 うっかり声を大にしてしまい、アルネは慌てて口を塞ぎながら。


「あぁ言いたくない、思い出したくもない。いじめっ子、加虐趣味サディストってのはああいう女のためにある言葉さ。彼女からは会うたび、どれほど酷い仕打ちを受けたことか……!」

「いじめとは失敬な」


 がっつりタバサには噂話が聞こえてしまっていたらしい。

 煙をあたりに撒き散らしながら、


「私はきみと遊んでやったんだ。よその子と話す雰囲気もなく、いつも会場の隅でひとりごちているものだから」

「よ、余計なお世話だ。いっそ放っといてくれれば良いものを!」

「そうつれないことを言うなよ。しかし大きくなったなあアルネ公子。相変わらず気は小さそうだが、見てくれは餓鬼の頃よか幾分とましになった。……今のきみとも、私はいつだって遊んであげるよ?」


 煙草片手にそうおどけて見せるタバサの、グレンダよりもずっと豊満な胸がジャケットの中で揺れる。

 すると今度はエリックがアルネとグレンダの元まで駆け寄ってくる。小声なようでいてタバサまでは確実に聞こえるであろう声量で、


「おい、気を付けろよ。あのお嬢が言う遊びプレーってのは餓鬼や生娘きむすめとはまったく無縁のアレだ。商会でも昔っから、男喰いの面食いで有名らしいぜ」

「男喰い……? なに、どういうこと?」

「うえぇえぇ。やっぱり見たまんまじゃないか!」


 そう忠告するエリックに対するふたりの反応はやや違っていた。

 特にグレンダの、大人の会話に付いていけない様子を見るなり、エリックは呆れ顔を作る。


「……グレンダ……お前、やっっっぱその次元なのな……」

「は?」

「あいわかった、よし! 日が暮れる前にさっさと運ぶぞ。はい、tretoen

「ぼっぼぼぼ、僕はもう絶対、金輪際きみの趣味には付き合ってやらないからな!」


 大鹿を皮袋まで持ち上げている間も、アルネはタバサ相手に啖呵を切っていた。流れで口走ったアルネの台詞に、エリックは思わず腕の力を緩めてしまうのだ。


「もう昔のようなひとりぼっちじゃない。僕にはもう、グレンダがいるんだ……!」



 ──ズドゥウン!

 せっかく持ち上げた大鹿を地面へずり落としてしまい、一同は体勢を崩す。

 なんとか倒れ込まずに済んだアルネだったが、急に力を緩めたエリックをグレンダは睨みつけた。


「なに気を抜いているの。アルネ様がお怪我なさったらどう始末付けてくれるつもり?」

「まじ……か?」


 エリックは面食らっていた。まじまじとグレンダの両眼を見つめ、


「アルネ公子とは、ただの主従ってわけじゃないのか?」

「え? ……っ! ……そ、れは、……」


 真剣にたずねられると、グレンダはすぐに答えることができない。

 動揺したのはグレンダも同じだ。いざアルネとの関係を言語化しようとすれば、なぜか喉奥で真相を詰まらせてしまう。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



(主従……ええ、主従よ。そこだけは間違いなく……いえ、でも。それだけでは……)


 ここまでの道程を思い出してみれば、とても騎士と主人の関係性だけでは語れないような部分が多すぎる。

 なにより単なる主従であったなら、アルネは領地を捨てて亡命など、グレンダに提案するはずもなかったのだ。


(そう、だわ。確かに……今の私とアルネ様の関係って、いったい……)


 今のやり取りを興味深く聞いていたタバサが、各々の反応を眺め、口から煙草を離して片眉のみを上げる。


「……ほお〜う? なるほどね」


 ひとりで勝手に納得し、再び煙草をくわえこむなり大鹿まで歩み寄ってくる。


「あ、タバサ嬢も手伝います? つーか手伝ってくださいよ。そこの小さなフリューエも頑張ってるんですよ」

「だから下僕風情が偉そうな口を利くなって。なに、貴様らに任せているといつまで経っても仕事が終わりそうにないからな。……くっくくく……」


 縄の一部を持ち上げつつ、タバサはさぞかしおかしそうに笑う。

 その悪い大人の笑みはエリックから見て、あたかもアルネに次ぐ新しいおもちゃを手に入れた喜びを表現しているように思えてならなかった。


「……ふん。やはり、面白くなってきたじゃないか」

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