誰も望まない再会(4)

 小屋までなんとか大鹿を引き摺ってからは、エリックのみならずアルネ一行も、すべてタバサの指示通りに動く羽目となる。

 今晩はここで寝泊まりするということで、火をべ、屋外で大鹿を捌き、調理にいたるまで、あらゆる行程を共同ですることになったのだ。


「ええ〜〜〜っ!? グレンダ様、彼が例の文通相手ですか!?」


 室内で包丁を研ぎながら、セイディが調理場で感嘆を上げる。


「そうよ。なに、そんなに驚くほどのこと?」

「い〜えいえいえっ、滅相もない! でもぉ……ふうん。へぇえ。……結構、男前じゃないですかあ」


 なぜか声を潜めたセイディが、外で大鹿を捌くエリックを窓越しに眺める。

 小屋には布団や調理器具一式など、普段は無人でありながらもタバサ達がしばしば利用しているのであろう道具がおおかた揃っていた。


「しかも、めっちゃ手際良さげじゃないですか。さっすが騎士様、刃物でさえあれば剣も包丁も商売道具ってわけですねっ!」

「おうよメイドちゃん。包丁に関しちゃあ、俺はグレンダよりも上手うわてだぜ?」


 窓を開放しているため、やはりセイディの声はエリックに筒抜けだ。


「学校でも、調理の授業は俺のほうがグレンダより成績良いから。ま、騎士だろうがメイドだろうがお嬢様がたは黙って見てな」

「へえ〜、そうなんだ!」

「お黙りなさいエリック。私も今、じゃがいもの皮を剥いているところよ」

「だからいつまで剥いてんだよ、おっせえなあ。そんなに丁寧なお仕事しちゃって、ご主人様にあんま格好悪いところ見せたくないんだろ? ……あ、あと芸術の成績も俺のが上、な!」

「黙れと言っているのよ!」


 包丁を板へ突き刺す勢いで怒鳴るグレンダ。


(この馬鹿、やはり先ほどの攻防で殺すべきだった……)


 そうやってグレンダが殺気を振り撒いているうちに調理はつつがなく進んでいき、べた火へ置いた鍋に具材を次々と放り込んでいく。

 梅雨が迫った夏場に鍋はいささか熱すぎるとも思ったが、長らく腰を据えて食事することもままならなかったアルネたちにとって、目前の料理はご馳走も同然だった。


「ほれ、焼けたぞ」


 余った肉切れを鉄板に乗せていたタバサが、ステーキ完成の合図をかける。


「うわわわ〜……い、いただきますっ!!」


 危うくよだれをこぼしそうになりながら、セイディはステーキへ真っ先にフォークを突き刺した。

 アルネやタバサを差し置いて食事に手を付けるとは……なんてセイディをたしなめる気にもなれないほど、グレンダもまた空腹の最中にいた。


「では、タバサご令嬢。我々もご馳走になります」

「たんとお食べ。ワインもあるぞ」


 鍋を取り囲む中、タバサがどこからともなく酒瓶を持ってきたので、グレンダは真顔で断る。


「いえ、私は職務中ですので遠慮いたします。なにより、まだ成人になったばかりで酒の勝手が掴めておりませんので……」

「酒の勝手など回数を重ねれば自然と覚えるよ」

「申し訳ありません。万が一にも男爵令嬢に失礼があってはいけませんので」

「……なんだ、貴様? まるで面白みのない女だなあ」


 蓋を開けながらタバサがそうぼやけば、エリックが隣りから口を挟む。


「この女は昔からこうです。騎士に面白みなんぞ初めから求められちゃいないって、いつも宿舎で野郎相手に強がるんですわ」

「ほう。私とは相入れない騎士道だな」


 するとタバサはこんなことを主張し始める。


「従順なだけの奴などつまらん。ただの無能よりもたちが悪い。腕っぷしの強さ、何事にも動じない精神力とあらゆる現況に応じた判断力。なにより、あるじの無茶ぶりと気まぐれを適当に受け流せる器量が、最も騎士に必要とされている素養なのだよ?」

「はあ、なるほど……」

「好き勝手言いなさんなタバサ嬢! 確信犯かい。あんたこそ、グレンダより男爵様よりも無茶振りばっか抜かすだろうが!?」

「そうそう、こんな具合だ。なあ、グレンダ嬢。もし結婚するならエリックのような男が一番御しやすくて楽だぞ」

「なるほど。参考にさせていただきます」

「参考にするなくそあま!! なぁにちょっぴり仲良くなってんだ、おたくら!?」


 意気投合していく女性ふたりとエリックの暴言を聞き流し、セイディは肉を完全に飲み込んでから軽く咳払いした。


「あ〜……お言葉ですが、タバサ様。グレンダ様だってじゅうぶん、公子様へは常に強気な姿勢でいらっしゃいます」

「うんうんまったく。むしろもう少し大人しくいてくれるほうが僕としてもありがたい──」

「アルネ様、ナイフの持ち方が間違っています。いい加減、よそのご令嬢の前ではその悪い癖をお直しになってください」

「うえぇえ頼むよグレンダ、よそのご令嬢の前ではもっとあるじに優しくして!?」

「ふっ。……くく、あっっっははははははははは!!」


 漫才のようなアルネ一行のやり取りが、タバサはたいそうお気に召したらしい。

 グラスに注いだなみなみのワインを豪快にあおり、大口開けてじゃがいもをいくつも頬張ってから、タバサは少し紅い顔でようやく本題を切り出した。


 あたりは木々で影を作らずとも、すでに夜を迎えていた。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



「時に、諸君。先ほどは馬や船を手配しろなどと言っていたが……」


 首を大きく傾げながら、


「そもそもここまでの道のりは馬を使ってきたんじゃないのか?」

「はい、仰る通り」


 タバサがそうたずねると、真っ先に返事したのはセイディだった。


「けど、途中でどうしても一度手放さざるを得なくなったんです。スティルク領に入る手前で、とても急な勾配の道がありましたので」

「だろうな。あの峠は我々も、はなから人が通れるよう整備していない」

「私たちは別に、タバサ様やそちらの騎士団と争いたいから領土へ踏み入ったわけじゃありません。もちろん公国に敵対する意思もないんです。極力ご迷惑はかけないよう努めますので、どうかせめて、今日森で起きたことはご内密にお頼み申したいわけで……」

「なるほど?」


 流暢に交渉の言葉を並べ立てるセイディに、タバサは鼻を鳴らす。

 アルネがナイフとフォークをそれぞれ手に持ったまま、セイディの隣りでそわそわしているのを流し目で見ながら、


「まあ少なくとも、私の騎士を手にかけようとする程度には、そちらさんが切羽詰まっていることだけは理解できたよ」


 タバサが皮肉を告げれば、エリックも修羅場を思い出したように嫌な顔をする。

 争いたくないと主張するわりには、確かにエリックはグレンダによって命を散らしかけたのだ。

 突かれたくなかった矛盾を突かれても、セイディは変な間が空かないよう言葉を続けた。


「この際、船の手配などと図々しいことは言いません。なんならおふたりは、私たちを置いて明け方にでもお帰りいただいて結構です。……だいたい、男爵令嬢ともあろう御人おじんが一晩も町に戻らなくて、男爵様や領民達から不審がられませんか?」

「それについては問題ない。私が屋敷を空けるのはいつものことだからな」


 グラスにワインを注ぎ直すタバサの挙動から、グレンダはまったく目を離せなくなっていた。

 彼女がその胸中でなにを考えているのか、裏でなにか良からぬことを企んではいやしないか、グレンダにはその心境を読みきれずにいたからだ。



 しかし次にタバサが言い放ったのは、この場にいた誰もが意外と感じる内容だった。

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