魔女の証言(2)

「で、あなたも彼らの革命とやらに参加していると?」


 セイディは決してチュロスに手を付けず、膝の上で両拳を握りしめたままジュビアを睨んでいる。


「エスニアが共和国になったのも、今みたく革命と称して暴力に訴えかけたからなんでしょう?」

「女も国も、なんの対価もなく完璧な美しさなんて得られないわ」


 ジュビアはイース城でグレンダにも語ったようなことを、同じように言い聞かせた。

 いや、もとよりセイディを説き伏せるつもりさえ無かったのだろう。携えたチュロスを自身の唇へ寄せて、


「あたしは最初からあなたたちの味方よ?」


 口付ける。

 その滑らかな動作はアルネか、すぐ隣りで腰掛けたグレンダへの投げキッスにも見えて、グレンダも目を鋭く細めた。


「……は?」

「今は『焔の革命児ラーモ・デ・ジャマス』に混ぜてもらっているけれど。あの子たちすごくお利口なの。あたしが欲しいいろんな国の情報も、全部みんなで共有してくれているもの」

「冗談にもならない戯れ言を……!」

「そんなに怒らないでグレンダ。お友達でしょう?」


 結局チュロスは、アルネが食べた一本以外はすべてジュビアの胃の中に収まった。

 ジュビアがおもむろに、空っぽと思われた紙袋の底を漁る。


「あら、しまった。これ付けるの忘れてた」


 紙袋から最後に出てきたのは、蓋された底の深い容器だ。透明な容器からチョコレートらしきどろっとした茶色い液体が見える。

 ジュビアは蓋を開けるなり、片付いた床へ再びなにかを広げ始める。それは、ジュビアが現れてまもなくセイディがベッド下へ隠したはずの地図だった。


「え、な、どうして──」


 セイディが驚いている間にも、ジュビアは更なる奇行に走る。どろりと細い指にチョコレートを絡ませれば、その指を地図へと塗りたくった。

 一同が声も上げられないうちに甘い香りが部屋を支配し、茶色い線とハートの印で地図が上書きされていく。



 そのハートの位置に、グレンダは息を呑んだ。

 ジュビアが示した新たな動線には道も、線路も、港が通っていそうな海路さえ無い。

 図面ではただの海でしかないように見えた地図から浮かび上がってきたのは、それがたとえ大陸で最も危うい女から送られた果たし状だとしても、グレンダには到底無視することができない未知の可能性だった。


(ま……さか。これ、は……)


 アルネも同じことを感じ取っていたのだろう。

 途端に空気がひりつき、ただひとり、ジュビアだけが余裕の笑みをこぼす。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



 いつからか靴を脱いでくつろいでいたジュビアが、立ち上がると壁際へ放られていた靴を拾いにいく。


「あたしは先に帰るわ。千秋楽を迎える支度がまだ済んでないの」

「帰るって……どこへ行くジュビア!」


 自分の言いたいことだけ言い散らかした気分屋にグレンダが吠えると、途端にジュビアは藍色の瞳を穏やかな輝きへ変える。


「慌てないでグレンダ。あなたを置いて勝手に事を進めたりしないわ──だから、ね。あの海の上で待ち合わせしましょう?」


 ジュビアが示している待ち合わせ場所とは当然ハート印だ。

 帝国よりエスニア共和国よりも西南にある海へは、地図上ではなにも記されていない。


「もちろん、公子様もいっしょに。あたしも、公子様とはそこで集まってからもっとゆっくりお話ししたいわ」

「僕は母親のかたきとこれ以上の談笑は御免被りたいけどね」


 アルネはあぐらをかいたまま、地図を凄然と見下ろしながらジュビアの誘いをいなす。

 もっとも、この誘いばかりは相手が宿敵だろうと、アルネにとっても無下にできたものでは無かったのだろう。


「こっちが聞いてもいない内からぺらぺらと喋ってくれてありがとうジュビア。きみが話した妄想も夢物語も、千秋楽の舞台とやらでグレンダと一緒にいてやるから楽しみに待ってろ」


 靴を履き直したジュビアは、ワンピースの両裾を持ち上げアルネへ深々と辞儀をする。

 窓から吹いた夏風でたなびく黒髪は、さながら闇夜に溶けるカーテンのようだ。



「──翡翠ひすい色の夢の中でともに惰眠しましょう、新たな国の主君しゅくんともども、あなた方の到着を心よりお待ちしております」


 さっきまでのジュビアとはまるで別人だ。

 紡がれた台詞は彼女自身が選んだ言葉というよりかは、演劇の台本をいち役者として読み上げたかのような流暢さだ。


 一瞬で様変わりした魔女の雰囲気にアルネが拍子抜けしかかっていると、


「ただ、これはお姫様の友人としてのご忠告」


 顔を上げたジュビアはもとの人を食ったような態度へ戻ってきて、


「セイディちゃんは大陸へ置いていったほうが良いわ。濁った目の色をした醜い子は、きっとお二人の足も夢も引っ張ってしまうから」


 茜色の瞳を大きく揺らしたセイディの、髪の上でちょこんと咲いた花を一瞥する。

 アルネは視線をジュビアから動かす事なく間髪入れないで答えた。


「生憎セイディは僕の大事な参謀なんだ。最後まできちんと連れていくさ」

「……この子みたいな半端者が、いろんな人の美しさを壊していくのに……」


 不満げに呟くなり、ジュビアは踵を返し窓のふちへと腰掛ける。

 からの紙袋は持ち帰れ、なんて場違いな注意をアルネが口走るより早く、


「その髪飾りだけは似合っているわよ。子どもらしくって可愛い」


 セイディを褒めてから、ジュビアは颯爽と姿を消した。神出鬼没な魔女にかかれば二階だろうとお構いなしらしい。

 開けっ放しの窓が残された三人に映したのは、今にも雨が降りだしそうな灰色の雲だけだ。


「……うるさいなあ。大人っぽいって言え!」


 スティルク領で買った髪飾りに触れ、セイディは声を荒げる。

 どうやら魔女の褒め言葉は、グレンダの気丈さに憧れを抱く彼女にとっては満足のいく内容では無かったらしい。

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