国境の護り手(2)
「は? 魔法だあ? タバサ嬢、へリッグ家の人間に限ってそんな訳──」
「そっそそ、そそそんなわわ訳がなななな無いっだろっ!? えぇえっ!?」
なんの脈絡もなく突拍子もないタバサの発言に、机へ寄ってきたエリックが素っ頓狂な声をあげる。
しかし、そんな反応をも遥かに上回る不自然さでアルネの声が上擦った。嘘が下手にも限度ある反応に、セイディもあちゃあと額を押さえる。
「……え。まじなのか?」
「まじじゃないよ! そんな訳ないよ! どんな根拠があって言っているんだ、えぇえっ!?」
「根拠はあんたの顔に全部書いてあるよ。安い推理小説よりも酷い犯人だな、おい」
「ももも、もし万が一魔法が使えたとしてそれがなんだっていうんだ!! 文句あるか!! なにか問題でもあるのか!! えぇえっ!?」
「問題はあるとも」
エリックはもちろんタバサも確信を持ったのだろう、深く追及することはなく。
「きみの魔法が生まれつきではなく、かの雨の影響で後発的に芽生えた力だという点が特に」
「それこそ根拠はあるのですか?」
グレンダも今さら隠す意味がないと踏んで質問を返す。
タバサがあまりにも断定的な物言いをしたことに違和感を抱いたのだ。
「アルネ様がお持ちになる力は『
「あるとも。私はアルネ公子という個人を調べていたのではなく、雨のことを調べていた過程で彼の経緯を知ったのだ」
グラスを机に置くと、今度は煙草の箱をジャケットから取り出す。
「スティルク領もあの日『
「……それに関しては仰る通りです」
「だが私は父上より誰よりも、もっともあれを調べるに値する立場の身でね」
最初はグレンダにも、タバサがなにを言わんとしているのか理解できなかった。
タバサは立ち上がり、煙を出しながら窓際まで歩いていく。
今日のスティルク領は曇り空だった。
梅雨が迫る夏ならではの、じめっとした空気……というよりかは、むしろ冬の殺風景を思わせるような乾いた空気が流れ続けている。
タバサは窓ガラスを人差し指で突く。
いや……正しくは、視線の先で見据えた真っ黒な雲を指していたのだろう。
「同胞なのだ──きみと私は。私もあの雨以来、妙な技が使えるようになった」
刹那。
最小限の明かりしか点けていなかった店内が朝のようにぱあと明るくなる。
アルネたちが向けていた視線の先で、夜空は確かに白銀の輝きを見せた。
──雷鳴が、轟く。
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
雨は降らない。さっきまでは降る気配すらまったくなかった。
それでも確かにただひとつの雷撃のみが、タバサの指さした方角で落とされたのだ。
「……、……え、は……」
「完全な晴天下ではあまり機能しないが、今日のように雲が多ければ、狙った位置に落とすための条件もおのずと揃うというわけだ」
絶句する一同へ振り返り、タバサは淡々とにわかには信じ難い事実を並べ立てる。
「雨も雷も、雲がそこにあって初めて生まれる自然現象だ。なんの前兆もなく降ってくるものではない……が、思えばあの日だけは状況が違っていた」
指示されたエリックが机へ広げたのは地図だ。
地図にはすでにタバサが赤い丸や線を多く引いていて、それらは二十年前の大災害の発生場所を記しているようであった。
「巷では国土全体で降ったなどと言い広められているが、厳密には違う。広範囲なようでいて、よく見れば同時多発的でありながら、かなり局所的かつ短時間で雨による人的被害は起きている」
「まさか……!」
「これぞ、私が現状できみたちに提示できる根拠というやつだ。あれが偶発的に起きた雨であるはずがないという、ね」
食い入るように地図を見ている一同へ、タバサはにやりと。
「どうだ? 先ほどの雷と、よく似ていると思わないか?」
アルネはタバサを睨んだ。
いや、本当にアルネが怒りの矛先を向けたかったのは、タバサとはまったく別の人物に対してだろう。
「タバサさん。今の話、男爵は……」
「当然知っている。私の魔法の件もな。なぜなら私はこの事実にたどり着いた時点で、この力をスティルクと民草の守護がために講じると決めたからな」
「……護るため……」
「私がきみに考えてもらいたいのは、その魔法がなんのためにもたらされた力で、なんのために使うべき力かということだ。少なくとも『
アルネはグレンダの顔を見た。
すぐに目配せで返すと、アルネは決心したような面持ちでイース城での出来事をタバサへ明かす。
なによりも彼女へ伝えるべきだったのは、煌びやかな赤いカーペットを血で汚し、アルネがかつてボムゥル領でも目にしたことがあるという『雨の魔女』の存在だ。
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