国境の護り手(3)

「『雨の魔女』ジュビア……なるほど、やはりきな臭い賊の影が」

「この女に心当たりは? 黒い長髪に僕より暗い色した青目の、いかにも男遊びが好きそうな女さ。案外タバサさんとは気が合うかも」

「そういう風貌の女は大して珍しくないが、私と同類とは失礼な。これでも令嬢としての持つべき矜持は有しているつもりだぞ」


 アルネの失言に少しだけ嫌そうな顔をするも、タバサは煙草から口を離し、あごに手を当てて。


「少なくともノウド由来の人間では無いな。仮に魔術師の家系だったなら、近隣にはその手の文明が発達した国はいくらでもある……どころか」


 タバサはその推測を口にするのをためらった。

 数秒間を空けてから、薄々アルネやグレンダも予想していた言葉を告げる。


「帝国の刺客とも考えにくい。あちらこそ、ノウドと似たり寄ったりな軍事国家だからな。魔術師なぞほとんど居ないだろう」

「私も同様のことは考えました。ただ、あの女は魔法だけでなく、近接での対人戦闘も相当に心得ているようでして」

「ゆえに断定ができないと? まあ確かに、魔法が使えるからと『凍てつく太陽イースソウル』を手玉に取れるほどの賊はなかなかお目にかかれないだろうね」

「僕たちはどうすれば良い……?」


 アルネは唸るように、その場でうなだれながら苦悩を漏らす。


「今さらボムゥルへは引き返せない。そもそも帰るつもりだってない。けど……だからと言って、僕は母さんや領のみんなを殺したかもしれない、あの女を捨て置くことだけはどうしたってできないんだ」

「なれば尚更、国の外へ出てから腰を据えて調べれば良い」


 すかさず回答した、タバサの語気がわずかに強まる。

 ここでようやくグレンダも勘付いた……タバサが自分たちを逃がそうと目論んだ、真の動機を。



「私や他の連中が国の中だけで尽くせる範囲には限りがある。しかしきみが公爵の管轄を逃れ、自由の身となれば話は変わってくる」

「タバサさん。そのために僕たちを……?」

「私もヘリッグ家も魔術師の血筋では決して無い。にも関わらず、不可解な雨ひとつでこの身には魔法が宿った。この国境くにさかい、ひいては公国が未来のため、今の実態について一考の余地があることに相違ないのだ」


 タバサはグラスに入っていた酒を豪快に煽り、アルネたちから踵を返してすたすたと店の裏側へ消えていく。


「明日の昼に帰ってくる馬がいる。いつも隣町の港を行き来している馬だ。きみたちも、今日みたく旅人の顔をしたまま乗っていけ。そこから船で国を出られるはずだ」

「ありがとうタバサさん! すごく助かるよ」


 アルネがようやく見せた安堵の表情と声色で、タバサは立ち止まって振り返り、ふっと普段より柔らかな笑みを浮かべた。


「性根も存外悪くないな、アルネ公子。どうだ私の愛人にならないか?」


 ただしその発言だけは相変わらず野蛮で、


「無論、肉体関係も込みで」

「いやいやっ、そこはせめて普通の恋人じゃないのか!?」

「あん? 恋愛感情などいらん。きみのつらが気に入っただけだ、顔が良い男は抱くに限るからな」

「俗っぽい上に不遜すぎる!?  どちらにしても断固としてお断りだ!!」


 真っ赤な顔でアルネが叫ぶと、タバサは手をひらひら舞わせ今度こそ闇夜に消えていった。

 エリックが最後に呆れ顔で「あ〜あ……せっかくの真面目な話が興醒めだ」などと、余りものの夜食を口いっぱいに頬張ったのであった。

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