真夜中の舞踏会と襲撃者(3)

 寝室から連れ出されたグレンダは、アルネに手を引かれながら廊下を進んでいく。

 階段を降り、パーティ会場からはみるみるうちに離れていくのでグレンダは堪らず問いかけた。


「どちらへ向かっているのですか?」

「城の使用人から教わったんだ。今日は誰も使わない場所がある」


 いつのまにそんな下調べを、とグレンダが驚いているうちに目的の部屋へたどり着く。

 扉を開けば、部屋にはあの会場と同じ赤いカーペットが敷かれていたが、あちらよりはいささか小さめの空間だ。


「アルネ・ボムゥル様。お待ちしておりました」


 無人かと思われた第二会場にはなぜかひとりの使用人の女性が控えていた。

 使用人が手にしていたのは、グレンダもボムゥル屋敷で見覚えがある柄をした大袋である。

 どうやら使用人もアルネが事前に手配していた者だと知り、袋も合わせたアルネの計画的犯行にグレンダは愕然としてしまう。


「アルネ様? こっ、これはいったい……」

「伯母さんから持たされていたんだ。グレンダ、隣の個室で着替えておいで」


 袋を持たされたグレンダは、その中身を見るなり息を呑む。


「……ええと、アルネ様。これはちょっと、さすがに……恥ずかしいのですが……」

「僕のめいに従えないのかい?」


 にこりとアルネに微笑みかけられ、グレンダは顔をひきつらせるしかない。

 案内された個室へこもり、仕方なく用意された衣装に着替える。慣れないフリルや装飾のせいで、少々手間がかかってしまう。


「お……お待たせしました……」


 グレンダが個室からそろそろと顔を出せば、扉のそばで待ち構えていたアルネはすかさず会場へグレンダを引き摺り出した。


 カイラからいつぞやに提案されたことを思い出し、グレンダは赤面する。

 赤を基調にした、白いフリルで着飾られたドレス。両肩はすっかり露出していて、胸元で一輪の薔薇が咲き誇る。

 長い裾と銀色のハイヒールに苦戦しながら、グレンダがなんとか会場の中心まで足を進めると、


「ではお願いします」


 アルネの合図により、使用人が壁際に置かれたレコード台へかつかつと歩いていく。

 使用人の手で円盤に針がかけられ、会場中にしっとりとピアノとギターの音が鳴り始めた。


 すでに夜は更けつつあるイース城で、アルネとグレンダ、ふたりきりの舞踏会は今開かれる。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



 アルネに差し伸べられた手を取ると、グレンダの体はぐいと引き寄せられ、アルネの腕が真っ赤に染まった華奢な腰へ回された。


「踊りの経験は?」

「『雛鳥の寝床エッグストック』の授業にはありましたが……男役しか習ったことがなく」

「さすが騎士」


 グレンダが答えると、アルネはおかしそうに吹き出す。


「なら、今日は僕が騎士様を主導リードしないとね」


 第二会場で流れる音楽は、ゆるやかな三拍子でふたりを誘導する。

 グレンダがおぼつかない足取りで一歩前へ出れば、アルネもグレンダに合わせて一歩後ろへ足を退く。


(不思議な気持ち……騎士の私が主導リードされるなんて)


 胸の高まりを抑えきれない。

 今日はずっとアルネの調子に狂わされていて、この城で起きたことがすべて夢なんじゃないかとさえ錯覚しだす始末だ。


「グレンダ。さては、歌だけでなく踊りも苦手かな?」


 そうこうしているとアルネに動きのぎこちなさを笑われ、グレンダはむっとする。


「逆の役回りであれば優秀だったはずなのです。……社交の場が苦手と仰るわりに、踊りはお得意なんですね」

「昔、伯母さんに躾けられたんだ。男は歌と踊りさえ上手ければどんな風にも世間を渡れるってね」


 そこは武芸の類ではないのか、とグレンダは眉をひそめた。

 そんなグレンダの心境をも悟ったのだろう、アルネは踊りながら肩をすくめるような仕草をする。


「カイラ様は本当にアルネ様を愛していらっしゃるのですね」

「……そう、だな」


 何気なくグレンダがこぼした言葉には、今度は躊躇いがちに微笑む。

 音楽に合わせて何歩か足取りを進めたかと思うと、アルネはようやくグレンダに返事をした。


「さっきは勢いでいろいろ言ってしまったが、伯母さんも本当は、おじさんと一緒になりたかったんじゃないかって。……今でも時々思うんだ」

「……っ、アルネ様、それは」

「毎年参加していたパーティに、今回はとうとう行かないと決めた。これにはきっと、伯母さんなりの覚悟がある」


 グレンダの腰に回されていた手が、ふいに左右縛りツインテールを軽く持ち上げる。

 不思議がって見上げたアルネの目は、この先の自身の未来を憂いているのか、あるいは。


「アルネ様?」

「……僕もそろそろ、伯母さんから離れてやらないとな」



 なんらかの覚悟を決めたような台詞に、グレンダは翠眼すいがんを大きく見開いた。

 しかし切ない顔と目の色をしたアルネへ、次に言葉を投げかけたのはグレンダではなかった。


 ──どこから。

 いったいどこから現れたのか、誰にもわからない。


「ええ、そうするべきね」


 カーペットよりも赤く。

 真夜中よりも黒く。

 アルネよりも憂鬱な色の瞳をした、得体の知れない女が立っていた。


「今さら離れたところで──その人はもう手遅れでしょうけれど」

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