アルネ、初めての社交パーティ(2)

 しかし、再びグレンダへ視線が集まったかと思えば、貴婦人たちは突如黄色い歓声をグレンダに浴びせてきた。


「嘘……騎士? あなたが!?」

「なんて素敵!! 道理で女性にしては勇ましい格好をなさっていると思ったのよ」

「『雛鳥の寝床エッグストック』はいつから女性騎士の育成に手を着けるようになったの? わたくしはね、かねてより女性だって剣を持っても別に良いじゃないかと考えてはおりましたの」

「なおのこと良い見立てをしていらっしゃるわねアルネっちゃま! 是非とも彼女を末長く大事に守って差し上げて!! ……いえ、失礼。守るのは騎士様のお勤めでしたわね。おほほほほ」


 馴れ馴れしく握手を求めてくる婦人もいるくらいで、グレンダは最初のうち戸惑っていた。

 だがすぐに気を取り直し、いまだ呆然としているアルネへ半歩ほど後ろから声を掛ける。


「アルネ様、お食事を取って参ります。なにかお嫌いなものはありませんか?」

「え? ああ、いや特には……」

「奥様方のぶんもご用命とあらば運んできますので、何なりとグレンダにお申し付けください」


 にこりとグレンダが微笑みかければ、再び歓声が巻き起こる。


「さすが騎士様! たいへん麗しいわ」

「女性騎士ともなればお心遣いも一流ね。うちで雇っている騎士は少々がさつと言うか、剣にばかり能が行きがちですもの」


 たまたま耳へ入ってきた言葉に、アルネは思わず言い返しかけた。──いいえ、彼女もたいがい剣馬鹿ですよ。



 アルネが本音を喉へ無理やり押し込んだあたりで、騒ぎを聞きつけたのか、オイスタインも輪の中に入ってくる。


「ほら見たまえ。ちゃんと来れば奥方にもてるだろう?」


 恩着せがましい親戚のノリで、オイスタインは改めてグレンダの全貌を舐め回すように眺めた。


「さっきは見間違いかと思ったが、やはり彼女は騎士だったのだな」

「ええ、まあ。ご覧の通り」

「カイラの話じゃ、お前は騎士団をとんと嫌っていた風だったが? どうした、ついに自分でも騎士をこしらえる気になったのか?」

「呼んだのは僕ではなく伯母ですよ。それに彼女は騎士かもしれませんが、僕にとっては剣が振れる口うるさい給仕メイドです」


 今度は口を滑らせてしまった。アルネは慌てて口元を塞ぐが、横目で見やればグレンダはあきらかにさっきとは違う作り笑いを浮かべている。

 グレンダも、場所が場所ならアルネの尻を蹴り飛ばしていたかもしれないが、今回はぐっと堪えることにした。


「まあきみも、変に気張りすぎずパーティを楽しんでいきなさい。会場の警備なら私の騎士団がちゃんと請け負っているからね」

「恐縮にございます」


 深々とお辞儀すれば、オイスタインはまたしても早々はやばやと輪から離れていった。そして他の輪へ混ざり談笑を始める。

 パーティはまだまだ始まったばかり。

 アルネは貴婦人に囲まれたまま、時間の流れがあまりに遅いことを内心でのみ深く嘆いたのだった。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



 パーティに加わってから一時間ほどが過ぎたころだろうか。

 グレンダはアルネの元を少し離れ、貴婦人たちの希望通りに食事の品を小皿へ寄り分けていた。


(イース領の騎士団は、確か『凍てつく太陽イースソウル』とか言ったかしら)


 オイスタインが話していた通り、よくよく見渡せばグレンダと似たような騎士服に身を包んだ男が何人も会場をうろついている。

 グレンダは今は剣を受付に預けているが、彼らは皆が腰に剣を携えていた。


 食事を盛った皿を、グレンダが机から持ち上げかけた時。



「────────っ!?」


 ばちりと。

 何気なく移した視線の先で、至近距離まで迫っていた顔と目が合った。


(な、え……いつのまにっ!?)


 気配もなく、なんの前振りもなかったことでグレンダはその場で足をよろめかせる。

 皿から食事を落としそうになるのをどうにか堪えたものの、いつのまにか接近していた人物は終始、グレンダの両眼を凝視していた。


 ──目を奪われたのはグレンダも同じだ。

 夜闇に溶けてしまいそうな長い黒髪、星空を覗き込んでいるような錯覚に陥る藍色の瞳。

 真紅のドレスとハイヒールで装ったその人物は、グレンダと年頃の近そうな若い女だった。



「……綺麗な目」


 女から発されたのは、この世のものとは思えぬほど綺麗でなまめかしい声。

 幼子おさなごの声にも幻聴し、グレンダは女が放つあまりの異様さに息を呑んだ。


「とても綺麗な緑色ね」

「……そ、れは、どうも」


 目の色を褒められたのはアルネ以来かもしれない。

 なんとか声を振り絞り、女から数歩退いてからグレンダは無理やりに笑顔を作って見せる。


「お褒めに預かり光栄です」

「どうしてそんなに綺麗な色をしているかわかる?」


 にこりともせずまったく着飾らない顔で、女はグレンダを見つめたまま問いかけた。

 甘酸っぱい林檎の香りだけがふいにグレンダの鼻をくすぐって。


「すべての美しさには代償があるからよ」

「はい?」

「強さには弱さを、美しさには醜さをどこかで売り払わなきゃいけないの」


 鼓動が早まっていく。

 女が謳った次の一言は、グレンダの心臓を押しつぶすには十分過ぎる威力だった。


「あなたはもう払ったの?」

「わ、たし、は」

「その目と引き換えに──なにを犠牲にした?」

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