アルネ、初めての社交パーティ(1)
二人がイース領の城に到着したのは夜を迎える一歩手前だった。
東西に何棟もの巨塔が連なっており、馬車を降りて
「……確かに豪華ですね」
「だろう? いつ見ても慎ましさに欠ける城さ。これ見よがしな柱の彫り物もいちいちむかつくんだよなぁ」
「しっ。ご城主様がお見えです」
グレンダの呼びかけにアルネはぎゅっと唇を固く閉ざした。
何人もの使用人によって正門が開かれ、内側から姿を現したのはやや小太りした中年の男だった。
「久しぶりだなあ、アルネ!」
胸を張って豪勢な声を上げる男。
彼こそグレンダも噂に聞いていた城のあるじにしてイース領主、オイスタイン・へリッグだ。
「見ないうちに随分大きくなったじゃないか」
「ご無沙汰しています、オイスタイン侯爵。ええ、此度はお日柄も良く……」
「なんだそりゃあ? はっはっは。堅苦しい挨拶など別に覚えなくて良い」
オイスタインは金色の前髪を七三にかき分けながら、
「おや? カイラはどうしたんだ」
「伯母は昨今は予定がかなり嵩みまして、つい昨日体調を崩してしまったのですよ」
馬車の中を覗き込むようにたずねてくるので、アルネは貼り付けた笑顔でそう嘯いた。
「不束者で恐縮ですが、今回のご招待には代わりに僕が出席します」
「だからそう堅くなるなよ。お前も代理などと言わず、これからは毎年来たまえ」
アルネの肩へ手を置きながら、オイスタインはグレンダを一瞥する。
グレンダの左胸でかすかに光った
「さ、早く着替えなさい。開始の時刻が迫っている」
パーティの来賓はアルネたちだけではない。
よほど予定が詰まっているのだろう、オイスタインはそそくさと城内へ引き返した。アルネとグレンダは使用人たちに案内され、今夜泊まる部屋まで連れていかれる。
部屋でグレンダも手伝いながらアルネが慌ただしく正装に着替えている間にも、リィン、ゴォン、と時刻を知らせる鐘の音がどこかから鳴り響いた。
「はぁ〜あ。気が滅入るよ……」
会場へ向かう廊下でさえ愚痴をこぼしているアルネへ、グレンダは問いかけた。
「こういう場は苦手ですか?」
「苦手もなにも、成人してからは初めてだ。おじさんにあちこち連れ回されていた昔ならともかくね。絶対人前へ出たくないから、ずっと屋敷でこもっていたのに……はぁ〜あ」
「数時間で済みますから。どうか頑張ってください」
グレンダが正面を向いたまま激励を飛ばせば、アルネはうなだれながら不満を垂れる。
その不満はグレンダやオイスタインに対してではなく、この場にいない人物ヘ投げつけられたものだった。
「……おじさんのご機嫌取りを僕に押し付けるなよ、伯母さん……」
どうして今の時間をカイラのせいにするのか、この時のグレンダにはまだ計り知れていなかった。
長い廊下を進んだ先、重々しい扉が使用人によって開かれれば、アルネとグレンダを待っていたのは赤いカーペットといささか眩し過ぎる天井の明かり、そしてグラス片手に煌びやかな装いをした歓談に勤しむ大衆であった。
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
イース領も地理としては遥か北方に位置する辺境と言えるが、オイスタイン自身の私財もさることながら、ボムゥル領とは明らかに富裕層の母数が違っていた。
領土が広大であるために、しばしば別荘の置き場所としても選ばれているらしい。
今宵のパーティに呼ばれていたのも、領土内外から集まってきた貴族の出自の者ばかりだ。
「──
アルネが入り口でグラスを受け取っている間にも、さっそく婦人のひとりが話しかけてくる。
「ああやっぱり! その艶やかな髪、わたくしが見間違うはずありませんもの」
アルネが作り笑いを浮かべて、
「ええと、失礼。あなたは……」
「アビー家の伯爵夫人でございます! なかなか
「そう、でしたか。お気にかけていただいたようで何より……」
婦人に応対していれば、周りからぞろぞろと他の婦人も集まってくる。
その銀髪は会場でもよほど目立つのだろう。アルネを見つけるなり口々に「彼はどなた? 例年ではお見かけしない方ですけど」「公子様よ! ほらボムゥル領の……」「まあ
いかなる貴婦人でも珍しい青年には
「あら。
アビー家の伯爵夫人が笑いながら、閉じた扇で指し示すのはグレンダだ。
「道理でお美しい女性を連れていらっしゃると思いましてよ」
「え? ……あっ。いえ、彼女は……」
「ボムゥル領にも素敵な方がいらっしゃるのですね。あるいは、どちらか別の町で良き巡り合わせでも? ご婚約はもうなさっているのですか?」
質問攻めを食らったアルネが返答に困っていると、グレンダは一歩前へ出て、背筋を正してから凛とした面持ちで。
「お初にお目にかかります奥様方。私はボムゥル領にてアルネ様に付き従っております『
グレンダの名乗りに、貴婦人たちは少しの間顔を見合わせる。
正直、グレンダは内心では緊張していた。女が騎士を名乗ることに、高貴な彼女らがどう反応するかまったく読めなかったからだ。
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