ヘリッグ集会(1)

 朝が来た。

 アクセルはメロディアの支度を手伝いながら、もの思いに耽る。

 集会はいつも午後に開かれているが、よくよく考えてみれば、街では人々の活気にあふれ、騎士たちも職務に当たっている真っ昼間から宴など良いご身分じゃないか。


(まあ、宴会にしてはメンツが億劫にも程があるか)


 時間になれば迎えの馬車が現れる。

 公邸へ出向くのはアクセルとメロディアの二人だけで、ミュリエルは留守番だ。


「お気をつけて行っていらっしゃいませ」

「ええ。ねえミュリエル!」


 深々とこうべを垂れているミュリエルへ、メロディアは窓から身を乗り出して声をかける。


「お前、好きな色はなんだったかしら」


 ミュリエルは意表をつかれたように顔を上げる。


「色、ですか」

「あなたってば、衣替えの時期も過ぎたというのに、服のひとつも新しいものをこしらえなかったでしょう?」


 メロディアにそう言われれば、ミュリエルだけでなくアクセルも目を丸くした。

 ──この妹、日頃からそんなところにまで注意を払っていたのか。


「せめて髪飾りくらいは買ってきてあげるわ。あなたによく似合う、綺麗な色の飾りを」

「……そう、ですか。何色でもわたくしは構いませんよ」


 ミュリエルは肩の力を抜いて答えた。


「この第三邸宅より、メロディア様の目利きにご期待申し上げておきます」


 馬車は荷台を激しく揺らさないよう、慎重に動き始める。

 姿が完全に見えなくなるまで、門前でミュリエルが見送っている様子をアクセルも窓の外から見返していた。

 ついぞ屋敷の形もおぼろげになってきた頃、涼しげな顔をしたメロディアの、まぶたを輝かせた銀色の粉をじぃと眺める。すぐに視線が送られていると気付いたメロディアが、


「なんですかお兄様? ……もしかして、どこか化粧がおかしいですか?」

「いいや」


 などと心配して両頬を押さえたので、アクセルは首を小さく横に振る。

 公務のためにおめかしした妹の横顔が自分よりもずっと頼りがいあって、今から他の親戚たちもこの顔を目撃するのだと思うと、何だか大人気なく妬けてしまう。


「やっぱり、お前には敵わないよ」



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



 送迎の馬車は、それが公女を乗せたものだと悟られぬよういたって質素な装いをしている。

 だが、公邸に近づき人気ひとけが増していくにつれ、なんの変哲もなかった車輪の音が、あちらこちらで聞こえるようになれば話は別だ。

 商店街大通りのいたるところに普段よりもずっと多い騎士の配置がなされているのも、特に知らせを受けていないクロンブラッドの住民たちを確信に至らしめるのには十分な判断材料になったことだろう。


「またこの季節がやってきたな」

「ああ。各所に散らばってるヘリッグが大集結だ!」


 窓を閉めていても聞こえてくる噂の声にアクセルは辟易する。

 名目上では公務と呼ばれるこの集会も、彼ら庶民にしてみれば単なる大家族の団欒に過ぎないだろう。昼間から良いご身分、と車輪に唾を吐かれても文句は言えない。


(こんな惰性を煮詰めたような慣行、早く無くなってしまえば良いのに)


 アクセルが眉をひそめている間にも馬車は目的の地に着いてしまう。

 先に馬車を降りたアクセルが、メロディアの手を引けばいかにも騎士の先導らしく見えるもので、


「あらあらまあまあ。──サマにはなっているわね」


 どこで嗅ぎつけてきたのだろう。

 その到着を待ち構えるように、煌びやかなロングドレスを纏い扇子をぱたぱたと仰ぐ淑女二人組が通路脇で立っていた。

 長たらしい髪を高い位置で纏め上げ、見栄を張り過ぎたハイヒールを履いて、いかにも高貴さを演出したような佇まいの二人組。

 レイとベルラ──アクセルも幼少から飽くほど顔を見た、メロディアの姉だ。



「あらあらまあまあ」


 馬車を降りるなり姉の口調をわざとらしく真似したメロディアが、両裾を軽く持ち上げ足を交差させ、淑女らしく華麗な辞儀を決める。


「お久しゅうございます、お姉様がた。メロディアのためにわざわざ庭までお迎えいただけるなんて光栄ですわ」


 メロディアはいつもよりも鼻につく甲高い声を浴びせている。

 そこまで露骨に振る舞わなくても、とアクセルが眉を下げたのも束の間、姉二人はそんな妹に一切の関心を見せず、つかつかと脇を通り過ぎてはメロディアの数歩後ろで控えていたアクセルへ歩み寄ってきた。

 姉二人はハイヒールと日除けの帽子のおかげで、アクセルを見下ろせるほどの高さを生み出していた。


「……ふう〜ん?」


 センスで口元を隠し、騎士服を頭からつま先まで舐めるように検分する。


「これ、どう思う? レイ姉さん」

「どうもなにも、騎士の格好をしていればもれなく騎士と呼べる置物にはなるんじゃない? ベルラ」

「置物か、置物ねえ。なるほど。置き場所が公邸から騎士団に変わっただけという意味では確かに言えてるわねえ」

「ご無沙汰しています。レイ様、ベルラ様」


 アクセルはにこりと、誰が相手でも等しく向けるようにしている笑顔を二人へ返す。

 胸元へ手を当て二人の淑女──義姉ではなく公女に向けて、あくまでも騎士として然るべき紳士的対応を選んだ。


「この春より『海を翔ける鳥ペンギンナイト』配属となりました。以後どうぞお見知り置きを」

「今は『海を翔ける鳥ペンギンナイト』じゃなくてこのメロディアの専属騎士ですわ」


 メロディアがアクセルと姉二人を分断するように身体を入れる。


「これからはお兄様を働かせたいのでしたら、必ずわたしに話を通してくださいね」

「要らないわよ、こんなツラだけの男。ねえレイ姉さん」

「そうねベルラ。どうせ公邸じゃ木偶の棒だったのだから、これからはせいぜい少しでもヘリッグの威信に貢献できるようご奉仕願いたいものね」


 そこまで言い切ると二人は鼻を鳴らし、くるりと踵を返した。

 そのヒールでよくそこまで器用に、それも仲良さげに足並み揃えて立ち回れるものだとアクセルは作り笑いのまま現実逃避する。


 上の姉、レイとは幼少の公邸で。

 下の姉、ベルラとは彼女自身が嫁に行くまでの間、第三邸宅でともに生活していた時期がある。

 どちらとも短い付き合いだったが、その生活はアクセルにとっても双方の義姉にとっても、互いを厄介者と印象付けるには十分すぎる時間であった。


 姉二人の背後にも、同じ『海を翔ける鳥ペンギンナイト』の騎士が並び立っている。おそらく、日頃からそれぞれの嫁ぎ先で護衛を務めている者たちだろう。

 並んで集会所へ向かっている間、アクセルはその騎士たちとついぞ一言たりとも会話をすることはなかった。職務中に護衛対象の主人の前で世間話に興じるわけにはいかないからだ。

 ──いや。

 職務中だったからこそ、敬礼のひとつも交わさないなんて。


(どこへ行っても厄介者か、僕は)


 真っ赤なカーペットと眩いシャンデリアに挟まれる。

 アクセルはせめて背筋をすっと伸ばし進んでいくことで、己が肩身の狭さを誤魔化し続けた。

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