くもり空のから騒ぎ(2)

(し、知らなかったわ……まさかセイディにあんな特技が……)


 愕然としていたグレンダも他人事ではなくなってしまう。


「そこの綺麗なお嬢さんも、なにか面白いもん見せてくれるのか?」


 上機嫌となった夫婦の旦那のほうが、グレンダにまで芸を求めてくる。

 セイディの方便が自分にまで降りかかってきてしまい、グレンダが愛想笑いでなんとか誤魔化そうとすると。



「──ここにございますは、種も仕掛けもない五枚のお皿」


 調理場から颯爽と姿を現したのはエリックだ。

 がらがらと車輪付きの棚で皿やワイングラスを運んできたかと思えば、突然、グラスのひとつをひょいとグレンダへ投げつけた。


「えっ!? ちょ、ちょっとエリック……」


 どれもガラスや陶器製ばかりで、床に落とせば簡単に割れてしまう。

 慌てて持っていた盆でグラスを拾った途端、グレンダがふっと掘り起こしたのはかつて騎士学校で行われた、先輩騎士たちの追い出し会の記憶。


「あらよっと」


 エリックがグラス目掛け、今度は皿の一枚を投げた。

 次々に盆の上で積み重なっていく食器で、客たちがさらに湧き上がる。


「ヘイ、グレンダ。まだまだ手が空いてまっせ?」

「……ちっ」


 五枚の皿すべてを重ねてもなお調子付くエリックを睨みつつ、グレンダはお盆から片手を離した。

 二枚目の盆を空いた手で持ち上げれば、さらにグラスや皿が追加されていく。

 グレンダの両手はさながら、煌びやかな社交場に並ぶグラスタワー。


「おお〜〜〜っ、良いぞぅ!」


 すべての食器が積まれると、店内は拍手と口笛の応酬に包まれた。

 いつぞやに先輩騎士たちの前で披露した芸が、まさかこんな場所で役に立つとは、グレンダは露ほどにも思わなかったのである。



「へっへへ、お見事」


 技を称えながら目配せしてきたエリックをじとりと見据えていると、どこからか太った中年の客が歩み寄ってくる。

 食器を落とさないよう空いた机へ置いた盆に、客から笑顔で投げ入れられたのは数枚の硬貨だ。


「な、え……三十五クローネも……」

「その調子で頑張ってなあ、別嬪さん」


 グレンダがぎょっとしているうちに、客は自分のぶんの会計も済ませてそそくさと退店してしまう。

 それを見た他の客たちも、続々と硬貨を投げ入れていく。中には直接グレンダへ手渡してくる客もいた。

 やがてグレンダの両手は硬貨でいっぱいになる。


「稼ぎますねえ、グレンダ様。やっぱり美人さんだとみんなの羽振りが違うなあ」

「こ、こんなくだらない宴会芸で……」

「旅の足しになったじゃねえか。良かったじゃん。お前ら、公子様のお守りなんか辞めて大道芸人にでもなれば?」


 エリックが冗談めかして言うと、グレンダは心底嫌そうに顔を歪ませる。

 いっぽう調理場ではまたしても主任チーフの罵声が聞こえてきて、どうやらアルネの首尾は昼を迎えてもあまり思わしくないようであった。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



 タバサが経営している商会では、アルネたちが働かされた飲食店の他にもいくつか店を出しているらしい。

 昼下がりに見回りから戻ってきたタバサは、やや遅めの昼休憩をアルネたちへ言い渡した。


「ん〜、楽しい! 今までで一番メイドらしい仕事をやってる気がします」


 賑やかな大通りを進みながら、セイディがぐぐんと背伸びをする。

 グレンダと、タバサから休憩の付き添いを命じられたエリックが心配したのは、もちろんアルネの顔色だ。

 今にも命尽きてしまいそうなほどぐったりとした様子で、意気揚々と歩いていたセイディの後をとぼとぼ付いていく。

 つけ髭も取れかかっていて、グレンダは慌てて糊付けし直そうとアルネに寄り添う。


「最悪な気分だ……これが領民たちもめげず励んでいると聞く、噂の労働というやつなのか……」

「お勤めご苦労様ですアルネ様。なにか召し上がりたいものはございますか」

「水だけで良い……なにも食べたくない……あぁ疲れた……今すぐ寝たい、屋敷へ帰りたい……」

「だったら帰れよご領主さん。公爵やよその騎士団から追い回されないうちに」


 グレンダやエリックの話にまるで耳を貸さず、アルネはセイディをも追い越して水の音を頼りに足を進めた。

 そうしてたどり着いた噴水の前、空いたベンチへどっしりと腰を下ろす。


「本当にお疲れのご様子だわ。セイディ、なにか軽い食べ物を買っておいで」

「はあい。……あっ、これ超かわいい!」


 露店のひとつに目を付けたセイディが、手に取ったのはご飯の類ではなく髪飾りだ。

 花の形に象った桃色の髪飾り。赤い紐が付いていて、髪を束ねられるようになっている。


「へえ、良いじゃん。似合うんじゃねーの」

「えっへへ、さすが騎士様は褒め上手ですねえ。……あうぅ、でもぉ」


 セイディは寄ってきた大人たちへ、自信なさげに嘆く。


「もうちょっと伸びてくれないとぉ……グレンダ様みたいに縛れない……」

「え? ……ああ、そうか」


 ふらふらと近づいてきたアルネが納得したように、


「グレンダの左右縛りツインテールに憧れて伸ばし始めたんだったね」


 そう告げたので、エリックが仰天しグレンダとセイディを交互に見やる。


「憧れ? こいつに? ええ?」

「な、なによ」

「馬鹿言えメイドちゃん。こんな剣と暴力しか取り柄のない奴を参考にしていたら真っ当な淑女に育たねえぞ」


 エリックに殴りかかろうとしたグレンダを必死に止めるアルネ。

 アルネが淑女としてのはしたなさを窘めているうちに、セイディは口元を手で押さえ、今度は挑戦的な目でエリックをからかってみた。


「あら? グレンダ様のスカート姿、とてもお似合いでしょう?」


 するとエリックは相変わらず愛想のない顔つきで、


「確かにサマになってるぜ。黙ってさえいれば別嬪と誤認できるくらいには」

「この減らず口が! あなたに世辞を言われても嬉しくないのよ」

「世辞じゃねえよ別に。ほら、メイドちゃんもさ」


 髪飾りを手に取ると、セイディの茶髪に触れてするすると紐を結んでいく。

 エリックは女の子に触れるのも髪を縛るのもあまりに手慣れていて、グレンダもアルネもぱちぱちと目を瞬かせた。


「がっつり縛らなくても良いんだぜ。横っちょあたりを摘むくらいで案外サマになるもんだ……そうら」


 露店のあるじから手鏡を借りてセイディへ髪型を見せてやれば、つむじとはややずれた位置でちょこんと飛び出た髪の上、桃色の花がきらりと咲いていた。


「おお〜……どうです公子様、グレンダ様? あたし、餓鬼っぽくないですか?」

「え、ええ。似合うわ、とっても」

「さっきよかずっと色っぽいね。やっぱ可憐な花とフリューエは愛でるに限るぜ」


 指を鳴らして褒め称えるエリックに、ぽっとセイディは頬を赤らめた。


「えっへへぇ、エリックさん。そんなにおだててもなぁんも出ませんよ〜!」

「……きみ……」


 アルネは静かに呟いた。

 その感想には、グレンダも直接口に出さずとも内心ではおおむね同意できる内容であった。


「きみ、そこはかとなく女性にもてそうだな……」






※余談:「クローネ」は、現在もノルウェーで用いられている通貨単位「ノルウェークローネ」より流用。EUに属してないから「ユーロ」じゃないんですよ!

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