くもり空のから騒ぎ(3)

 セイディが髪飾りを仕入れた後、散々弱音を吐いていたアルネもようやくハンバーガーに口を付けた。


「美味い……今まで食べたハンバーガーで一番美味い……」

「そんな仕事終わりみたいな雰囲気出されてもなあ。あの店は夜が一番混むんだ」

「うへぇ……」


 噴水の前でうなだれるアルネ。

 慣れない仕事と疲労がたたったのか、この場にいないタバサだけでなくエリックへの当たりも強い。


「まったく騎士様という奴は、グレンダでなくとも甲斐性があるんだね。そりゃあタバサさんに気に入られるわけだ」

「はあ、そりゃどうも」


 エリックが真顔で首をかく。


「逆に公子様という奴は、タバサ嬢でなくとも日頃から暇を持て余しているんだな。片やこれしきの労働で音を上げ、片や好き好んで騎士なんぞになっちまう」


 当然、比較対象に上がったのはアクセルだ。

 アルネは歯軋りしながらエリックを睨みつける。


「顔を合わせたこともない遠縁の奴なんて僕が知ったことか。さては……グレンダはそれほどまでに、騎士学校でいろんな男から目をかけられていたのか?」

「はあ、どうだかね。少なくとも俺が知る限りじゃあ、グレンダがかけていたのは締め技に関節技ばっかりだ」

「な……こんっの、エリック! アルネ様にそんな話──」

「へぇえ、そう。そうなのかい」


 吊し上げられたグレンダが赤面し、エリックを怒鳴りつけようとした。

 しかしグレンダの背後に回ったアルネが、そのままガバァと。


「──っ!? ア、ルネ、様……っなっなな、なにして──」

「グレンダはどこへ行っても人気者で参るよ。本当は彼女のご奉仕を受けて良いのは僕だけなのに」


 もっとも人通りが多い時間と場所でのアルネの奇行に、グレンダは一瞬思考を止めた。

 これにはセイディもさすがに仰天したのか、青い顔で「こっここっこここ公子様っ、人目をはばからないにも程があります……っ」とざわつき出した周囲の視線を気にしている。


「は〜……落ち着くなあ」


 周りを気に留める様子もなく、アルネは誰よりも涼しい顔でグレンダのうなじあたりに鼻をこすりつけて。


「ご飯なんかより、こっちの方が疲れも取れるよ。お仕事頑張れそう」

「ははっはははは離してください! エリックも居るのに……っ」

「嫌だね、離してあげない。騎士道が過ぎて、あるじだけでなく誰にでも愛想振りまいてしまうきみにお仕置きだ」

「な……まっ、また! そのような意地悪を……」


 イース城の寝室でも聞いたような台詞に、羞恥やら焦燥やら困惑やら、さまざまな感情を顔に浮かべてしまう。

 そうやってグレンダが、アルネの腕の中で目を白黒させている姿をよほど物珍しく思ったのだろうか。エリックは口を半開きにさせ、黙って公衆の面前で戯れるふたりを凝視していた。


「あ〜あ、本当になんでもできるなあグレンダは」


 アルネは子どものように拗ねた声色で、


「剣は振れる、包丁も握れる、愛嬌もあって大衆受けする一芸まで持っている」

「……愛嬌とか、この女とは一番縁遠い言葉だけど?」

「そうでもないんだよ、グレンダにも負けず劣らずなんでもできちゃうエリックくん」


 静かにエリックから突っ込みを受けても、その不機嫌を隠そうともせず。

 ふらりと口ずさんだアルネの言葉に、エリックは黒目をかっと大きくさせた。



「きみたちさ。そんなに色々できるんなら、わざわざ

「……は。……」

「僕やタバサさんみたいなわがまま主人のお目付役なんてさぞかし面倒だろう。騎士なんか辞めて、料理人でも大道芸人にでも、なんにだってなれそうじゃないか」



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



 セイディはともかく、グレンダは羞恥に駆られていてアルネの戯言をまともに聞いていなかった。

 ただひとり、エリックだけが唇を引き結び眉をひそめ、グレンダに抱きついたままのアルネを睨むように見据えていた。


「……はん」


 幾度も沈黙を重ねた末に、


「さすが、自分の領地をほっぽり出すようなご領主は言うことが違うね」


 エリックはそっぽを向き、返事を吐き捨てる。


「俺だっていつまでもタバサ嬢の荷物持ちばかりやりたくないさ。こんなもん騎士の仕事じゃねえからな」

「ふうん。そうかい」

「生憎、騎士の仕事自体は俺の性分に合っているよ。……でも、そうだな」


 ようやくアルネの腕から抜け出し、乱れた息を整えているグレンダを一瞥する。

 エリックが最後に返した言葉で、セイディもアルネもその両眼を揺らした。

 その意見は、評価は、思想はエリック自身に対して述べられたものではなく──


「騎士にこだわる道理はない──ああ。それだけは違いねえ」

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