翠眼の秘密と騎士団の追手(4)
「時に、団長どの。
タバサが半ば開き直った態度で、
「『
そんなことを故意に口走れば、イェールハルドは当然険しい顔をする。
「……タバサ様。ご自分で何を仰っているかわかっておいでですか」
「無論。生真面目で命知らずなおたくらとは違い、アルネ公子もさぞかし臆病な性分なのでしょう」
アルネへ同情の姿勢を見せつつ、タバサは両腕で自分の肩を抱く。
日頃の豪胆な振る舞いに反して性根はか弱き乙女なんです感を、ここぞとばかりに演出しようという腹だ。
「敵の全容もつまびらかになっていないうちに、すべてが帝国の仕業と決めつけ、もとより無駄骨を強いられている哀れな騎士たちを、さらに死地へ送り込もうという公爵の下策に軽々しく乗れないのですよ。……当然、この私も」
タバサはイェールハルドの碧眼を遠目でのぞく。
騎士団長の顔からも目からも、微塵たりとも感情の機微が透けることはない。
「それほど私をお疑いになるなら、どうか団長どのにも、アルネ公子の身柄確保に躍起になっている事情とやらを真摯にご説明願いたいですね」
とうとうタバサは、長らく抱いていたイェールハルド……厳密には、彼の上司たる公爵への疑念を口にした。
アルネたちがスティルク領に踏み入ってわずか一日で、クロンブラッドから追っ手が来たという事実は、彼らの優れた手腕以上に、その疑念を確信へと変える材料となったのだ。
「いや、あるいは……問題があるのは、公子様ではなく騎士のほうですかな? 『
イェールハルドは眉ひとつ動かさないまま、およそ五秒沈黙する。
この駆け引きはタバサにとっても博打だった。
黙秘を決め込まれればそれまでと割り切ってもいたが、反面、グレンダやエリックといった騎士たちの矜持に触れたことで、誰よりも彼ら新参の手本であるべき人物が、その矜持を損ねかねない不誠実な言動は取らないと読んだのだ。
そんなタバサの盤外戦術が、ものの見事に功を奏することとなる。
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
イェールハルドは再び口を開く。
「あくまで我々はアルネ公子の件を伺っています。イースでの襲撃など、本件と直に関係しない事柄についての回答は差し控えたい」
「……」
「……と、申し上げたいところですが」
タバサが自分の望む回答が来るまで黙っているので、イェールハルドもさすがに最小限の情報を開示せざるを得なかったのだろう。
「
「なんだと?」
「襲撃を受けたのはイースだけではないのです」
目の色を変えなかったのは、執務室ではイェールハルドただひとりだった。
スティルク男爵が再び騒ぎ立てる前に、真顔で淡々と己が知る情報のみを告げる。
「春先より連日、公国各地では出所不明のヴァイキングが乱入し、クロンブラッドへ届く被害報告も後を絶ちません。公爵が
「ならば敵の正体は? 帝国か、隣国か、あるいは……」
「ヴァイキングを装った組織的な侵略活動、とだけ現状ではお伝えいたします。が、いち早く連中の全容を明らかにするためにも、事件の当事者たる彼らの証言が我々には必要不可欠なのです」
彼らとは、もちろんイース城にいたアルネたちのことを指しているのだろう。
タバサは組んでいた腕を解き、要領を得ないイェールハルドの回答に業を煮やす。
「当事者? 解せんなあ。アルネ公子などオイスタイン侯爵と同じく、ただの被害者に過ぎないはず──」
「貴女はただの被害者に過ぎない者を、ご自身が罪を冒してまで国外へ逃がそうと画策しておられるのですか?」
「私はなにも知らないと言っているでしょう」
カマをかけられても決して引っ掛からなかったタバサだが、確信めいたイェールハルドの物言いにはっとする。
(まさか……こいつら、魔法のことを!)
アルネをなんとしてでも捕捉しなければならない事情。
そればかりはまさしく、タバサでも容易に予想できるものだった。
ただし予想を的中させられるのは、仮にその事情を──アルネ自身は隠し通せていると思っているであろう『風』の秘密を、とうに公爵が知っていた場合に限るけれども。
「公爵はご理解しておられるようです。アルネ公子の持つ
「貴様ら、アルネ公子のなにを知っている?」
「私自身はなにも存じておりません。もし仮に知り得た情報があろうとも、それを公爵のお許しなく開示する権限など持ち合わせていませんので」
悟りたくなかった真相に辿り着き、歯を食いしばるタバサに対しイェールハルドはどこまでも冷静だ。
「ご令嬢はアルネ公子について、なにかご存知のことがあるのですか?」
タバサは気の利いた返事をしあぐねてしまった。
一気に黙秘せざるを得ない状況まで追い込まれたタバサへ、イェールハルドは最後の宣告をする。
「隣町の港へも、夜のうちに騎士を遣わせておきました。国を出る動線としてはあの町がもっとも近いですので」
「貴様……!」
「今頃はめぼしい馬や船はすべて、我が団の騎士が捕捉していることでしょう」
タバサがアルネたちへ直接警鐘を鳴らす機会はもう失われた。
窓から見えた暗雲を目掛け、声に出せない叫びを上げる。
──逃げろ、アルネ公子。
人の血も通わぬ公国最強の騎士団から、なんとしても……どんな手を使ってでも。
でなければノウド公国の未来も、あの雨の真相も、すべてが永遠に狭い半島の内側で閉ざされてしまう。
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