アクセルとメロディアの冒険(7)
「逆だと思います」
「逆?」
「あなたがへリッグ……公子だから受け入れ難いのではなく、彼らが想像していたほど、あなたが公子らしくない方だったから、より適切な接しかたがわからず惑っているのでは?」
アクセルは目を丸くした。
「双子はなにも深いことは考えていないでしょうが……ウーノとタルヴォはそれなりに素養を持っていますし、家が直接的に政治やヘリッグ家とは通じておらずとも、その動向には常に注意を払うよう教育を受けているはずです」
「……まあ、造船会社の御曹司に医者の息子とくれば当然ですね」
「それでもって、妹様……メロディア公女は、終始ヘリッグのご血筋らしいたいへんわかりやすい振る舞いをなさっていますから……あなただけが、我々の想像する公子の像とはいささか外れていらっしゃる」
「けど」
声を低める。
「結局は、僕もヘリッグの匂いが染み付いて取れていない──と?」
スヴェンはすかさず否定しようとしたのだ。
だが、アクセルのいかにも思うところがありそうな表情に、口をつぐんでしまう。
かくいう己も、公子でありながら騎士を志したというアクセルの背景に、ひときわ興味を抱いているのは確かだった。
「……最近、あらゆる人に言われます」
アクセルは柵へ肘を置き、ひとりごちる。
「やれ公子のくせに騎士なんてとか、やれ騎士に性分が向いていないとか。訓練生の頃も、まったく指摘を受けなかったわけじゃありませんが、ひとたび巣立ちした途端、周囲の僕を見る目が、以前よりも遥かに冷たくなってしまったような気がしてなりません」
「アクセル氏……」
「これでも一応、首席で学校を出てきたはずなんですけどね? その評価すらも、いつしか、初めから教官たちに偏った観点で見られていたような気分になってしまい……自分の中でも、日に日に、騎士稼業へ対する熱が下がっていくのを感じるのですよ」
ずっと心の奥底へ溜め込んでいたものを吐露するように。
メロディアへものの弾みで明かしてしまった時とは、また違った感情を膨らませながら、アクセルはスヴェンへ語り聞かせた。
「きっと僕は、いっぱしの騎士や、周りと同じ……なんていうのかな。『
ここまで言い終え、しばらく沈黙が続いてもスヴェンはなにも返してこない。
……唐突に、気分が滅入る話をし過ぎてしまったか。
顔色を伺うようにアクセルが視線を向けて──
「すっ、スヴェン氏⁉︎」
仰天する。
丸眼鏡の奥でぼろぼろと、スヴェンが静かに泣いていたのだ。
「え、ちょ」
「うぅううう……わかるぅ……お気持ち、たいへんお察ししますぅ……」
スヴェンは涙ながらに。
「自分も最近になって急に……父上が自分へ家督を継がせると、当人へはなんの断りもなく周りへ言いふらし始めてから急に……全然今まで通りで構わないのに……『
「……あっ! あー……」
「アクセル氏は自ら、騎士道をお選びになったのですから、それだけで実にご立派。ですが自分は、あれよあれよと成り行きへ身を任せるがままで……実際には、領主になれるほどの器もなければ、そういった勉学に勤しんだ覚えもまるでなく……辛い……あぁ辛い……」
アクセルよりも深刻な顔をして、本当に心を痛めたかのように泣き叫んだ。
「自分が望む姿を演じるのも、周りが望む姿を演じなければならないのも。どちらにしたって、心臓が押し潰れるほどに辛いですよ」
アクセルは仕方なく、彼の涙を鎮めることに専念した。
延々と泣き腫らしていたスヴェンだったが、
「……気に病む必要はありませんよ、あなたは」
自分の方こそ、今この場で誰よりも病んでいるくせして。
「十二分に優れた器量をお持ちでいらっしゃるのです。それ以上、周りの人間の望みを聞き入れたり、騎士や……公子というものに他者が抱く幻想を、あなた自身の行いへいちいち反映させる必要など、本当にあるのでしょうか」
「……!」
「騎士に向かない性分、ですって? ははっ! よく言えたものですね? 今しがた、領主にあきらか向いていない人間を、その椅子へ無理に座らせようとしておきながら!」
ごしごしと腫れた目を擦り、
「誰がそのような世迷言をあなたへ伝えたか存じませんが、騎士になりたいと、騎士でありたいと願っている、あなた自身のお心を、他の何よりも重んじて然るべきではありませんか?」
そう提言されれば、アクセルは大きく両眼を見開いた。
スヴェンはやけくそに振る舞いながらも、その意思や自ら発した言葉を腐らせるつもりは毛頭ないようで、
「自分も、ヴェールを継げと言うなら……ええ、遠慮なく継がせてもらいます。いざ家督を継がせてから、やっぱりお前じゃダメだ、こっちに寄越せなどと兄上や他の誰かに言われたって知ったことじゃありません。アクセル氏みたいに常日頃鍛錬に励む騎士の皆さんから、『
と言い切ってみせれば、アクセルはしばらく呆気に取られていたが、
「……はっ、ははははっ!」
とても愉快そうに、甲板へ笑い声を轟かせた。
スヴェンへすたすたと歩み寄り、力強く両肩を掴む。
「素晴らしい! その心意気、ぜひ僕にもご享受願えますか!」
晴々しい表情へ戻ったアクセルに、スヴェンもにへらと頼りない笑みを返す。
しかしアクセルが声を明るくさせたのも束の間で、
「時に、スヴェン氏」
妙に真剣な面持ちとなったアクセルが、
「あなたへは、もうひとつ聞かねばならないことが」
「ええっ? な、なんでしょう」
「こちとら、あなたのような素晴らしい御人と冒険をともにさせていただいている
あたかも密談を交わすかのような重苦しい空気を醸し出し、
「スヴェン氏が……」
「は、はい」
アクセルは言い放った。
それは、場が騎士学校の寮であれば、他のいかなる話題よりも盛り上がる内容で──
「女性へ求める、理想のスリーサイズは?」
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
「……は、はい?」
「いえもちろん、うちの妹にそれを求めろと申し付けられましても、お応えできる要望とそうでない要望があるでしょう」
真顔を貫き、早口でまくし立てていくアクセル。
「しかし! 理想とは、夢と同様にいくら求めても、いくら盛っても決して損しません。ゆえに、近い将来でメロディアと結ばれるかもしれないあなたへは、是非ともお伺いを立てておかねばなるまいと」
「え、いや、あの、アクセル氏?」
「真面目な話、本来はどういった女性がお好きなんですか? 前にお付き合いしていたという女性のお話でも僕は一向に構いません。ほら、たとえば、日頃より学術書と並べて愛読なさっているであろう『
「アクセル氏? もしかして、実は酔ってます?」
酒など嗜んでいない。アクセルはちゃんと素面だ。
スヴェンが勢いに押されているのを見かねて、己の腕で肩をかき抱き、腰を折り曲げ、
「ああ失礼。他人へ聞く前に、まずは自分の趣味を明かすべきですよね。良いでしょう、腹を割ってお話ししましょう。自分がよく選んでいる
「あーあーあー! アクセル氏ともあろう御人が、そんな趣味は暴露していただかなくて結構です! 今に見張りの交代が来たらどうするんですか!」
「その時には彼らも話に混ぜて差し上げれば良いではありませんか。恥じることはなにもありません。男子たるもの、己が
「公爵などと秤にかけられては、とても自分ごときには敷居が高過ぎます! そ、それにほら、メロディア公女に至ってはまだ未成年で」
「なるほど、未成年には手出ししない主義ですか。それはそれで殊勝なことですが、しかしメロディアだって、あと数年も経てば立派な淑女です。そうなれば遅かれ早かれ……そうだ!」
名案を閃いたかのような顔をして起き上がってくるアクセル。
「今のうちに、メロディアがあなたのご趣味に合う
「ふぁ、ふぁあああっ⁉︎ 気は確かですか、アクセル氏⁉︎」
「自分はいつだって本気です。そうか、体格よりも体位か。スヴェン氏はどういった
唐突に静かになってしまったスヴェン。
アクセルの猥談は、いささか刺激が強過ぎたのだろうか。
「……アクセル氏。あれを」
口を半開きにさせたスヴェンが、指差した先には──夜空を舞う、一羽の
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