亡命の果て(1)
グレンダはこの景色を、この感覚を一度味わったことがあった。
(空が、近付いてくる)
アルネが旋律を奏でていくと、緑から青へ、青から白へと森を色付けていく。
なにかが浄化され、取り払われていくような景色の移り変わり。ジュビアもどうやら理解したらしい。
「──! 霧が……!」
島を覆っていた霧が消えていく。
海で隔たれ、長らく閉ざされていた小さな王国の世界が広がっていく。
「どうせ二十年も待っていたんだろう? なら今さら焦ることもない。明日すぐにでも島が朽ち果てるわけじゃないんだ」
「お、前。なにをしたの」
「まずは島までの道標を作ろう。僕と同じようにグレンダを思っている人が、この島の存在をふと思い出した人が、僕たちをちゃんと見つけ出せるように」
アルネから歌われる言葉も、楽器の旋律もひどく綺麗で。
「道をもっと広げよう。より良い未来を進むための選択肢は、なにも僕たちの中だけにあるとは限らない。出会いの数だけ可能性は広がっていく……グレンダと出会えた今となっては、そう思うよ」
あれほど人との接触を絶ってきた男が。
屋敷にこもり、社交の場を嫌い、騎士団など要らないと断じた男が。
自ら人と、外の世界と関わりを持とうなどという発想に至った事実がグレンダには涙ぐましい。
「なあ、グレンダ。最初に誰が来ると思う?」
「セイディでしょうね」
柔らかい色を声に乗せ、グレンダは歌を返した。
美しい旋律が鳴り響く舞台へ静かに、ゆったりと歩み寄っていく。
「こちらから扉を開いてあげれば、あの子はきっとすぐにでも追いついてきますよ」
「じゃ、次はタバサさんあたりかな? エリックくんと一緒に来てくれたら、きっと楽しい
「エリックはともかく、タバサ様はお苦手だとおっしゃっていませんでしたか?」
「……どちらかと言えば」
ちょっぴり意地悪な返しをすると、アルネは演奏を止めずに口を尖らせる。
「アクセルとかいう親戚のほうが曲者だ。スティルク領でのあの様子じゃ、いかにもしつこくて諦め悪そうだから、是が非でも海を泳いででも追っかけてきそうじゃないか?」
「確かに彼はしつこいですよ。なんたってアルネ様の親戚ですから」
グレンダが珍しく嫌味をこぼすと、もっと不機嫌そうに黙りこくってしまう。
もっとも、彼らの心は穏やかだった。
森が隅々まで晴れ渡っていく。
この島でただひとり、心が晴れないジュビアは青天の下でも瞳を濁す。
「諦めないわ……あたし、絶対に諦めないから!」
「私もよジュビア」
グレンダはまっすぐな瞳をアルネに向けたまま。
「彼が私を愛してくれる限り、彼を、私自身を、彼や私自身を象ってきたすべての人を愛してみせるし、護れるよう力の限りを尽くすわ。……いずれは、あなたのことも」
ゆえに、今は待つ。
護りたいものを本当の意味で、最良の形で護れる日が訪れるまでは。
アルネもグレンダも、最果ての島にて時を待つ。
人を待つ。
機会を、自分たちが真に向かうべき戦いを待つ。
決して逃げてはいけない、逃れられない戦いが来る、その日まで──。
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