アクセルとメロディアの冒険(1)
豪華客船に乗り、仲間を引き連れ、クロンブラッド港にて堂々出発──。
アクセルの恋煩いとメロディアの思い付きが、まさか、こんな
「わあ……っ!」
荷物を積み終えるなり、メロディアは船内へ駆け込んだ。
客船とは言っても、数百人が乗るならまだしも、たったの八名で使い余すほどの船舶を持ち出しても仕方がない。
ウーノもそのあたりはある程度の配慮をしたはずだが、それでも、人数分の個室が用意できるような大型船であった。
「わたし、ここっ!」
はしゃぐメロディアが個室のベッドへダイブする。
「この部屋にしますっ! ミュリエルは隣の部屋ねっ!」
「はいはい」
ミュリエルは目尻を下げる。
だが、後を追いかけてきたタルヴォがまもなく。
「いえメロディア公女。個室は階段を降りた手前の四部屋を、一部屋あたり二人組で使うものとします」
「え〜っ⁉︎」
その諌み声にメロディアはがばと体を起こす。いずれの個室にもベッドは二台置かれていた。
「せっかくこれほど多く部屋がありますのに……」
「もちろん、女性のお二人が同室ということで。奥の部屋は緊急時以外では使用禁止。他の施設も、用途がない部屋へは極力立ち入らないこと。これは広い船でも、誰がどこにいるかを各自で把握しておくための、れっきとした防犯措置ですよ」
なるほど、と脇で聞いていたアクセルは舌を巻く。
「あと、船上での見張りの交代を円滑に行うためでもありますね」
スヴェンがくいと丸眼鏡を押し上げて、
「船の運転免許を持っているのはウーノだけです。日が昇っているうちに海路を進み、夜は原則として移動なし。ウーノが休んでいる間は、同室のうち片方が見張り当番を請け負います」
「日中のみ移動……ああ、だから早朝出発だったんですか」
「女性のお二方にこの当番はありません。お二方には食料などの物資管理と、船内の掃除やシーツの洗濯など、ええと、野蛮人たる我々に代わり、家事全般をお願いしたく……」
「かしこまりました」
ミュリエルは深々とこうべを垂れる。
もとより給仕たる彼女が、異議を唱えるはずもない。ゆえにアクセルは、スヴェンの言葉を性格悪くも勘繰った。
女性には女性の仕事がある──と素直に受け取るべきだろうか。
(メロディアがそんな真面目に働くかなあ? まあ、ミュリエルにさえ任せておけば、こっちは好きに遊ばせておけば良いって算段か)
ついに、船が動き出す。
ウーノが操縦席でぐいとハンドルを回すのを、一同は目をらんらんと輝かせつつ見物した。
「きゃー! 動いたぁ!」
鎖が断ち切られ、少しずつ地上を離れていく船。
メロディアはわかりやすく浮かれ、アクセルの袖を強く引っ張り、
「こんなに大きな鉄の塊が動きましたわお兄様!」
その細い首元で、きらりと光る銀色。
メロディアは冒険のお守りにと、先刻までアクセルへ預けていたペンギンのブローチを持ち出していたのだ。
アクセルも内心、心を踊らさずにはいられない。
人々が海を越えたがる理由が、ここにきてようやく理解できたような気がした。
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
「ようし、問題なく動きそうだな」
ウーノがハンドルを握ったまま、
「景気付けだ。お前ら、なんか歌え!」
事前打ち合わせには一切なかった無茶振りを突きつけてくる。
だが双子のアルベルトとハンヌが、
「よしきた! 手拍子は任せろ!」
「よしきた! 歌詞は任せろ!」
と調子付く。
──歌詞って、まさかオリジナルを即興でこしらえるつもりか?
「ははは。……しょーがないなあ」
この悪ノリにアクセルは乗っかった。
およそ地上では、そして同業や高名な面々を前にしたら口が裂けても絶対言わないセリフとともに、
「ここは『
とギターを持ち出してきた。
自前の楽器ではない。カードに書籍と、『
椅子を広げ、足を組んで座ったアクセルが、風情ある茶色いギターの弦をかき鳴らす。
船上で奏でられるは『船乗りの歌』。
冒険家たちも今日が乗り、肩を組み交わしながら合唱する。
唯一、彼らへ背を向けていたウーノだったが、気分は悪くないらしい。
「はっははあ! アガるねえ。おいタルヴォ、酒だ。酒を持ってこい!」
「運転手がそれだけは勘弁してね」
さらりと要望を跳ね除けるタルヴォへ、アクセルはギターを奏でながら囁く。
「さてはウーノ氏、まだ酔ってます?」
そういえば昨夜も、遅くまでビールジョッキを抱えていたのを思い出しつつ。
タルヴォはにこやかに答えた。
「ご心配には及びません。彼はいつでも自分に酔いしれているだけですよ」
「ああ……なるほど……」
「ご自分と冒険に酔いしれている皆様がた」
声を上げたのはミュリエルだ。
いつの間に姿を消していたのか、新たに机と椅子を持ってきて、
「紅茶のご用意ができました。第三邸宅より、アクセル様とメロディア様も愛飲なさっているオレンジ・フレーバーにございます」
いつの間に湯を沸かせていたのか、彼女なりの景気付けをこしらえてきた。
これにはウーノも喜んでカップを受け取る。
「うん、美味い! ヘリッグの高級な匂いは鼻に付くが、美味いなあ!」
「どんな匂いなんですか、それ」
ここぞとばかりの嫌味にも、アクセルは気持ちよい笑みを返す。
本心で告げているわけじゃないのは、その明るい声色から容易く汲み取れたからだ。
(ああ、悪くないね)
アクセルは密かにはにかんだ。
ウーノだけではない。スヴェンにミュリエル、双子にタルヴォ。
なにより愛おしいメロディアが、心底この冒険を楽しんでいるのが伝わってきて。
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