偏愛の末路(6)
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
実は。
この屋敷で誰よりも早く、そして誰よりも深く覚悟を決めていたのは、アルネでもセイディでもなくカイラだったのだ。
「グレンダちゃん──可愛らしい騎士様。どうか私の甥を頼みます」
「かい、ら、様」
「セイディも一緒に連れていきなさい。知っての通り、この子、本当に頼りになるから」
「えっ、あたしも!? ……でもそれじゃあ、伯母様は屋敷でひとりになってしまうわ」
「良いのよ。私は町へ降りればいくらでも仲間はいます。ヨニーもいるし。だから、セイディ。あなたは最後まで、ふたりの道中を一番近くで守ってあげてちょうだい。メイドらしく、ね?」
「お……伯母様ぁ……」
うるりと目尻に涙を浮かべるセイディ。
にこりと笑いかけるカイラの決心は、まるで揺らぎそうも無い。
アルネ以上に強く意志を固めたカイラに、いよいよグレンダもなにひとつ言い返せなくなってしまった。
アルネもまた、カイラの表情からなにかを悟ったらしい。
ゆっくりと机沿いに回り込んで、立ち止まりカイラと正面から向き合う。
「……伯母さん。僕にはもう、彼女がいない世界なんて考えられないんだ」
どこかで聞いた台詞だとグレンダは思った。
記憶を懸命に掘り返してみれば、
肉親、親友、恋人──誰よりも愛する我が子。
かけがえのない存在がある日突然いなくなってしまう悲しみ、恐怖、喪失感。
そんな思いの丈を、いったい誰が完全に推し量れるというのか。
「ええ。それで良いのよアルネ」
騎士よりも気高い面構えをしたカイラが、
「本当に良かったわ。やっとあなたにも、故郷より……母親よりも、大事な人ができたのね」
次に笑顔を浮かべるより早く、アルネにしかと抱き留められる。
全身から伝わるとても優しい甥の温度に、カイラはそっと目を閉じた。
「伯母さん。僕は伯母さんだって愛しているよ」
「ええ。私もよ、アルネ」
カイラは歌うように答えた。
「誰よりも──妹よりも、あなたを愛してきた自信があります」
その宣言に嘘や偽りなどあるはずもない。
ふた月あまりを屋敷の中で過ごしただけのグレンダでさえも、そう確信させるほどにアルネへ注がれていた愛情は深かった。
ゆえに、これはアルネだけの覚悟ではないのだ。
グレンダという女騎士がボムゥル屋敷にやってきた時点で、呼び寄せた時点で。
ひとつの雨から始まり、一度は婚約を破ってまで二十年にも渡り貫き続けたカイラの偏愛が、この夜、とうとう終わりを迎えたのである。
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