メロディアの純愛(3)

「……え」

「それだけご自分でわかっていらっしゃるなら話は早い!」


 駄々こねた子どもを叱咤するみたいに叫んだメロディアを、アクセルはまばたきし、状況がまったく飲み込めていないといった様子で見上げている。

 両股を軽く開き、手を腰へ当て、


「でしたら、さっさとそのグレンダさんとやらを屋敷へお連れしてきたらいかがです? 婚姻の契りでも交わせば、もうしばらくは騎士のお勤め頑張れるんじゃありませんこと?」


 そうメロディアに提案されると、再び打ちひしがれたのか眉をひそめるアクセル。


「……だから、もう居ないんだって」

戦場いくさばでお亡くなりにでもなったのですか? その御方も騎士ですものね」

「そうじゃない。……いや、そうじゃないと信じたいけど……」


 煮え切らない態度のまま。


「ちゃんと話を聞いてたかい? アルネ公子に連れられて、屋敷を出て行ってしまったんだ。彼女はボムゥル領の配属だったから……」

「だから、もう失ったまま手に入らない、お会いできなくなってしまったと? はあー? 遠慮せず会いに行けばよろしいではありませんか!」


 メロディアは拳を堅く握りしめ、前へぐっと掲げた。


しかばねとなってしまったなら確かにお会いできないでしょうが、ちゃんとご健在なんでしょう、グレンダ様は? しかも宿敵ライバルはアルネ公子だとすでにご理解していらっしゃる。なら話は簡単、ちゃっちゃとグレンダさんに会って、ちゃっちゃとアルネ公子を倒しましょう。ええ大丈夫です、メロディアが保証します。同じヘリッグでもお兄様のほうが、ずっとお強くてお優しくてお麗しくて、うんと魅力的な殿方です!」


 ──まあ。

 強い弱いはもとより、魅力そればっかりは、僕も自分のが上だと信じたいけれど。



「いや、そういう問題でもないって!」


 自惚れかけたアクセルはふるふると首を軽く振り、思い直すように。


「会いたくても会えないんだよ、心理的じゃなく物理的に……」

「なぜ?」

「公国にはいないんだよ、少なくとも……」

「アテくらいあるでしょう? 西とか東とか、アルネ公子とゆかりある御人でも土地でも、いくらだって手がかりはあるはずです」


 ──西は海しかないだろう?

 さては、昔ミュリエルから教わったはずの地理をきちんと覚えていないな?

 そう説教したくなったのを堪え、アクセルは息を吐く。


「……もしかしたら」

「もしかしたら?」

「西のずっと先にあるという、孤島なら……そもそも実在してるかも怪しいが……」

「孤島?」


 メロディアは記憶を探るように眉をひそめていたが、


「……ああっ!」


 思い出したように顔を上げる。


「お父様がいつだかに屋敷で見せてくださった、絵物語のアレですか?」

「え? ……あったかな、そんなこと?」

「一度だけいらっしゃったではありませんか。その時に、公邸より持ち込んできた本で、『翡翠の王国』のおとぎ話を聞かされたでしょう。お忘れになりました?」


 アクセルは衝撃を受けた。

 本当にまったく覚えていない。メロディアがそんなにも鮮明に覚えていたことも驚きだが。さては、幼少の段階であまりに公爵への関心が薄すぎて、彼にまつわるありとあらゆる物事を記憶の中から消し去ってしまっていたのだろうか。


 なにより。

 他でもない公爵から聞かされたというのなら──タバサの推論もあながち馬鹿げていないかもしれない。

 孤島は実在しているし、その居所を公爵や、島の関係者から口頭で聞かされている人間も、この国のどこかには。



 呆けている時間もないと言いたげに、


「行きましょう、お兄様!」


 メロディアは片足をダンと踏み鳴らす。


「うかうかしてはいられません! グレンダさんが例の島にいらっしゃる可能性がわずかでもあるのなら、ええ行きましょう、探しましょうその島を。もちろんメロディアもお手伝いいたします。一刻も早く島へ向かい、彼女へ会いに行きませんと」

「え……い、いや、僕には騎士の仕事が」

「休めばいいじゃないですか、お仕事程度! 騎士など他にいくらでもおりますし、お仕事はいつだって好きなだけやれるのですから。……いえ、そうだわ! わたしも一緒に向かうのですから、そもそも護衛のお務めとして堂々と出かけても文句は……」

「あ、危ないだろう!」


 次々と新しい目論見が浮かんでくるメロディアヘ、アクセルは引き止めるように慌てて立ち上がる。


「とても付き合わせられないよ。どこにあるかもわからない……最悪存在しないかもしれない島の在処なんて。ほぼ間違いなく海を渡るんだぞ? もし運良く見つかったとしても、そこに彼女がいる保証だって……」


 我ながらなんて情けない──と顔を歪ませる。

 騎士としても兄としても、メロディアを守るべき立場にありながら、これほどまでに妹を心配させ、あまつさえ危地きちに晒そうとしているなんて。

 己の甲斐性なしを呪っていると、


「お兄様!」


 パン。

 両頬をメロディアに軽く叩かれる。

 そのまま手を離さず、優しく頬を包み込むようにされ、アクセルは戸惑いを隠せない。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



「ねえ、同級の女性騎士に片想いを拗らせ、思いをその方と通わせるばかりか、アプローチもままならぬまま離れ離れとなってしまい、いつまでもクヨクヨウジウジしていらっしゃるアクセルお兄様?」


 どういう言い草だ、と反論する暇さえ与えられず。


「お兄様はどうも、ひとつだけ勘違いしていらっしゃいます」

「メロディア……?」

「確かに騎士のお務めに励んでおられるお兄様が好きとは申し上げましたけれど、それは、という意味では断じてありませんのよ?」


 港の空はすでに赤みを帯び始めている。

 しかしアクセルを見上げるメロディアの、青空よりも澄んだ両眼はまるで濁りを見せていない。


「メロディアは、アクセルお兄様が何者であろうと……騎士であろうとなかろうと! はたまた、どれほど挫けて打ちひしがれて、情けなくみっともない醜態を晒していらっしゃろうとも! それでも、わたしは決して、この愛を揺らがせることはありません。わたしは、生まれた時からそういう星の定めのもとに立っている女です」


 言葉通り、声色も顔色も変えないメロディアが、


「わたしはあの屋敷にて、この半島に生まれてからずっと、アクセルお兄様をお慕い申し上げております。……いえ!」


 毅然として言い切る。




「たとえ! わたしはあなたの妹として、あなたを永劫に愛し続けていく所存ですから!」




 アクセルがなにか反応するよりも早く、手を引き堤防を降りて、


「さ、向かいましょう」

「えっ? ど、どこへ!?」

「決まっています。お父様のところ!」

「ええっ!? ……そ、そこは騎士団本部じゃないのかい?」

「騎士団はお父様のお膝元でしょう? でしたらもう、お父様へ直接お伺いを立てるのが手っ取り早いのです!」


 メロディアはそう言い始めたので今度ばかりは黙っていられない。

 いきなり公爵だと!? それは──

 目指しているのが『翡翠の王国』と知ったら、彼がいったいどんな反応を見せるか、まるで想像が付かないのだ。


(ああ、きっとまずい。いくら公爵でも、今日の今日まで魔女や争いの種を放置して、島の存在を世間へは黙っているのがまったくの考えなしとは、さすがに……!)


 街へ駆け出しながら、騎士の勘を働かせたアクセルは苦々しい顔で。


「メロディア……あまりこういうことを言いたくないが、こと孤島に関しては公爵をアテにするのは──」

「ええ。ですから、わたしにも良き案が浮かんでおります!」

「えぇえええぇっ?」


 ──どっから来るんだ、その自信!?


「問題ありません、談判に関してはこの第八公女にお任せください!」

「……えぇええ……大丈夫かなあ」

「真夏の大冒険へいざ出発! 騎士様にも公子様にも、のんびりしている暇なんかありませんよ。かの島にて、親愛なるアクセルお兄様の『大事な人ヒロイン』が待っているのです!」



 いえ『お姫様シンデレラ』でしょうか、などと言い加えるメロディア。

 ついさっきアクセルの吐露を聞いたばかりだというのにこの行動の早さ、意欲の高さ、足取りの軽さ。


 ふとアクセルは、『雛鳥の寝床エッグストック』の門前で最後に交わした、グレンダとのやり取りを思い出していた。

 そういえば彼女も馬車へ乗り込む間際、ボムゥル領とアルネ公子に対して──。


(……ははっ!)


 亜麻色の髪と深緑色の瞳に、アクセルは走りながら自然と笑みが溢れる。


 メロディアめ。

 よりにもよってグレンダと似たような台詞を。

 お前こそまさしく、公女様の──いや、『妹様』のかがみじゃないか。











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