掃討作戦(3)
(さあ、来い!)
仲間を頼るまでもない。この女ばかりは、自らケリを付ける──!
そう心に決め、アクセルが全神経を集中させた時。
上空だろうか。
パァン、と乾いた破裂音。
(っ! 今度は銃声!?)
音からしてかなり近い。
相変わらず暗くてなにも見えないが、撃ってきた方角からしてやはり騎士団サイドだ。これも『雨の魔女』と同様に潜んでいた賊の仕業だろうか。どこまで懐に入り込まれてしまっているんだ、我が尊敬すべき先輩たちは。
それにしても妙だ。いったいなにを狙っての発砲だったのやら。二発目が放たれる様子もない。
かといって、もちろん騎士団の側では銃の使用など予定されていないはずで。
攻撃や援護が狙いでないなら、たとえば、特定の者へ向けたなんらかの合図──?
(──……! は、はは……っ)
なぜだろう。
根拠がないひとつの答えを得た瞬間、不思議とアクセルの顔には笑みがこぼれた。
まったく偶然という名の幸運というやつは、
(僕の味方じゃないか!)
音がしたほうへダッと駆け出す。
誰か隊員に止められた気がしたが、孤立するなと命じた者はもう居ない。この判断は間違っていなかったと戦いの最後まで信じよう。
足元も正面もずっと黒い景色しかなく、木々にぶつからないよう避けて通れるか否は、アクセルお得意の直感にかかっている。
ぽっかりと、暗闇からさらなる黒い存在が浮かび上がってきた。
一度だって会ったことがなくとも、その影だけですぐさま正体に思い至り、
「ジュビアァアアアアアアアアッ!!」
名を叫び、剣を振り上げる。
勘はとことん的中した。やはりあの発砲は、魔女と──なにより、自分自身の居所を知らせる音だったのだ。
キィン!!
アクセルの剣と『雨の魔女』のナイフが交わり、金属音をかき鳴らす。
いくら暗闇の中であろうと、一度姿を捕捉すれば魔女の──ジュビアの優位性は失われる。あとはこの闇を制したほうが勝つ試合だ。
「──あら」
アクセルの見込みは当たっていた。
数撃ほど刃を交え、タタンと後退したジュビアが呟く。
「あなた、もしかしてアクセル・ヘリッグ?」
この闇でどうやって顔を正確に見て取れたのだろう。
「公爵にそっくりね。骨の髄まで醜さを煮詰めたみたいなお顔」
アクセルはなにも言葉を返さない。これ以上なく不快で屈辱的なジュビアの声に、耳を貸そうとさえ思えなかった。
まず剣で貫かんとしたのは胴体よりも足。闇討ち、不意打ちも変わらず警戒が必要だったが、とにかく逃げ足の速さに定評がある彼女との距離は、保つどころか執拗に迫り続けるべきなのだ。
事実、反撃に現れた相手がアクセルだと知った途端、ジュビアは急に攻撃の手を緩め、守りの姿勢へと転じさせている。
二度三度ナイフを振ってはタタン、タタンと後退を繰り返す。
その動きを短時間で読み切ったアクセルは、一歩力強く踏み込み、次の一歩ではぐんと距離を詰めた。
カンッ!
またも短い刃渡りで剣撃を軽々いなされたが、アクセルの心は静かだ。
(ふん、生意気にも噂通りの並外れた体運びだな──だが!)
はじめからアクセルの狙いは剣を当てることではない。
剣を持っていないほうの手を振り上げれば、バシャ、とかすかに水音がする。
「──っ? なに?」
どうやら、ちゃんと命中したらしい。
ワンピースに己の魔法とは異なる水がかけられたのを不思議そうにしたジュビア、そのわずかな隙を逃さず。
──ボウッ。
マッチで火を付ける。アクセルはそのままジュビア目掛けてマッチ棒を放った。
水ではない。ランプへ火をつけるための備えとして持たされていた、小瓶の中身は油だ。
「──っ!? きゃあぁっ!」
一気に炎が広がる。
ワンピースがボワッと燃えさかれば、可愛く悲鳴を上げたジュビアの全身はもれなく闇の中で浮かび上がった。
ただそれもほんの一時のことで、
「熱いわ……ひどいじゃない、騎士様」
ジュビアはすぐに自ら消火した。やはり魔女を名乗るだけあって、水の扱いは彼女のほうが数倍も
「女の服を燃やすなんてエッチね」
と軽口を叩く余裕まである始末だ。
それでもアクセルは焦っていなかった。焦る必要がない。
「でも、ジュビアには無駄なあがきよ」
「そうでもないさ」
アクセルは冷淡に言葉を浴びせる。
「こちらの目を奪ったつもりでいただろうが、貴様こそ裏目に出たな。──今の炎は、刹那の輝きでも相当に目立つぞ」
今のは少々ヒントを与え過ぎただろうか?
ジュビアはその言葉で身構え、さっと周囲を警戒したように見える。騎士の援軍でも来るんじゃないかと考えたのだろう。
もちろん、騎士だってじきに来る可能性はあった。だがアクセルの狙いは、彼が待っていたのは騎士ではない。
(ああ、しっかり警戒しろよ。貴様の意識を
騎士団が『雨の魔女』の存在を勘付けなかったように。
ジュビア。
貴様のほうこそ、自分の敵が『騎士』だけだと思い上がっていたんじゃないか?
(どうか結果を以ってご証明願おう──この森が、あなたの狩場であることを!)
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
目にも止まらぬ速さ。
いや、人の身ではまず視認しようがない、文字通り刹那の輝き。
バリィ────ッ!!
凄まじい轟音がつんざき、アクセルの目前で雷が落とされたのと、
「ギャアァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
ジュビアが女どころか獣でもなかなか聞かない断末魔を上げたのはほぼ同時だった。
その場でばったんと倒れ込むジュビア。湿った地面がビリビリと火花を散らし、痙攣がいつまで経っても収まらないでいるのを、改めて自分のランプを点け直したアクセルは冷ややかな目で見下ろす。
そのまま捕らえようと踏み込みかけ、
「まだ触れるな」
別の女の声によって、その足をピタと止める。
「人に当てたのは初めてだ。すぐに触れると感電するかもしれん……どうせ、そいつも当分動けまい」
「普通なら死にますよ」
ランプを携え、猟銃を背負い、タバサは森中でひとりだけ悠々と馬に乗ってアクセルたちへ追いついてきた。
身元を隠すためなのか、黒いローブを全身に纏うように着ている。
直接は言ってやらなかったけれど──なるほど。そういう格好をすれば、それなりに『魔法使い』らしく見えるじゃないか。
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