掃討作戦(4)

 タバサは大きな獲物を仕留めて悠長になっているのか、元よりそういう性分なのか、


「さすがアクセル氏、優秀な囮だった。物分かりが良い男も私は好きだよ」


 と言って口角を歪ませる。

 あっちでもこっちでも女に軽口を叩かれ、アクセルは内心げんなりした。


「こうする算段があったなら、あらかじめ説明しておいてください」

「ないよ、そんなものは。事前に立てた計画や緻密に練り上げた計算など、こういう理屈が通じない手合いにはまるっきり役に立たん」

「……左様ですか」


 てっきり前もって自分へ顔を見せたのも作戦のうちだったのかと、早合点したアクセルは脱力する。

 ただ反省すべきではある。やはり魔法などというまやかしを有するような人間は、持っている視野から自分とはまったく違っていたらしい。


 にしたって。

 まさか本当に偶然、ジュビアともアクセルとも位置が近かったというだけだったのか? 適当な位置に陣取っていたら、たまたまこの修羅場に居合わせたと?

 だとすれば、それでもなお大したものだとアクセルは舌を巻く。

 魔法を宿したりエリックを拾ったり、タバサもとことん──女だ。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



 タバサが馬を降りたあたりで、


「雷……で、すって……?」


 地に伏したまま、火花の中でジュビアが呻く。

 アクセルはすかさず剣の先端を頭部へ突きつけ、タバサもランプを地面へ落とすように降ろし、提げていた猟銃を構えて銃口を向けた。

 指先ひとつ動かすこともままならないのか、ジュビアから痺れが抜けた様子はない。


「そう……そう、だったの。役は、もう、埋まっていたのね……」


 途切れ途切れの言葉のみを絞り出し、


「よりにもよって、こんな、ふしだらそうな女……」

「貴様にだけは言われたくないよ、『雨の魔女』」


 悪態を吐くジュビアに対し、タバサの次なる行動は淀みがない。

 引き金を引き、ふくらはぎあたりをなんの躊躇いもなく撃ち抜く。再び悲鳴を上げ、芋虫みたいに弱々しく悶えているジュビアへ、言葉でも容赦無く責め立てた。


「役だと? 舞台にお呼ばれした覚えはないぞ。貴様の言う舞台とやらに役者が揃えば、なにか特別面白い催しでも始まるのか?」


 まだ銃口も向けたままで、


「会場は『翡翠の王国』、舞台の主役……お姫様シンデレラは、グレンダといったところか。それで? 主催は誰だ? 貴様か? かの国の王様とか? ──否」


 探りを入れると、ジュビアは途端に口を重くする。


「ちゃんと人間なんだろうな? 主催者は」

「……ふ、ふふ、ふ」


 強がっているのか、不気味に微笑むジュビア。

 あたりの闇がゆらめいたような錯覚。アクセルは異変にいち早く気付き、


「危ない!」


 タバサへ飛び付き、胴体ごとジュビアから引き離す。

 二人にも、あたりでも結局何事も起こらなかったが、次にまばたきした時には忽然とジュビアは姿を消していた。

 足音らしい足音は聞こえない。起き上がって逃げ走ったわけでもなく、まるで瞬間移動みたいにいなくなってしまったのだ。


「良いわ……今日のところは」


 空から甘くも、苦しそうに苛立ちを混ぜ込んだ声色が降ってくる。


「あなたはまだ騎士様に預けておく。でも、じきに我々が手中に収める……せいぜい首と体を清めて待っていなさい……間女まおんな!」


 ジュビアの負け惜しみを聞くのはそれっきりとなった。

 逃げられたと悟ればアクセルは「くそ!」と歯軋りする。イース領の報告書にもあった通り、どこまでも『雨の魔女』は常人じゃない!



「待てジュビア!」


 まだ遠くへは行っていないはず。後を追おうとして、


「やめておけ」


 タバサに腕をぐっと掴まれれば、アクセルは勢い余って睨みつけてしまう。


「手の内が読めん相手を深追いするのは得策じゃない」

「……っ、あなたの詰めが甘かったんでしょう!?」

「私に八つ当たりするなよ。……これで構わん、今はまだ泳がせておけ」


 こちらの魔女は余裕が有り余っている。

 まだ戦いの最中だというのに、タバサは煙草を取り出し火をつけ、淡い煙をフウッと夜空へ浮かばせた。


「あの訳知りそうな女が孤島と、孤島で起きうる新たな厄災の鍵を握っている限りは、またこうやって事あるごとに自ら出張って騒ぎを起こしてくれるだろう」

「それではまた同じように被害が出るでしょう!?」


 アクセルは腕を振り解く。

 思い起こされたのは、あの魔女によって命を散らした同胞たち。


「今夜だけでも、僕のすぐ後ろにいた騎士や……小隊長クラスの精鋭までやられているんですよ! 孤島がどうこう以前の問題だ。あの女を止めない限り、戦いも、血が流れるのも……いつまで経っても終わりやしない!」

「そうだな」


 タバサの間髪入れない返答に背筋が凍った。

 その声が、ランプの明かりでうっすら見えた表情が、あまりにも温度なくあっさりしていて。


「戦いとはそういうものだ。なにか問題あるか、アクセル氏?」


 まだジュビアのほうが血は通っていたんじゃないかと思わせるほど、タバサは人の心さえ完全に捨て去ったような態度を貫いた。


「貴様ら騎士は、もとより生きた道具も同然の輩だろう?」






♰ ♰ ♰ ♰ ♰



 かっと目頭が熱くなる。

 手を挙げそうになったのをどうにか押し留めたアクセルは、代わりにタバサを睨み続けて、


「んだと──!」

「無論、軽々しく犬死にされてはこちらも困る。あるじとしてわずかでも有能な人材が減らされないよう善処するがね。……だが……」


 言い分を聞いている途中、カアンカンカンとはるか遠くのほうで鐘の音がした。

 あれは先発組による、作戦完了の合図だ。

 前衛でも騎士団としての組織行動がちゃんと機能していたのかと、アクセルが驚いていると、


「ふむ。終わったか」


 タバサは続けざまに不本意な言葉を吐く。


「どうやら潜んでいたのは魔女だけだったらしいな」

「な……これのどこが無事だって──」

「なあアクセル氏」


 落としていたランプを拾い上げ、猟銃を背負い直し、さっさと馬へ乗り込みながらタバサは言った。

 わざわざ感情を声に乗せずとも、その言葉だけはひどく辛辣で。


「きみは道具を使う側ではなく、道具として使われる側を選んだ。公子という身の上でありながらな。……わざわざ騎士の道を選んでおいて、今更あるじや上に立っている人間の取捨選択に異議を唱えようというのか?」

「……っ!」

「それこそ身の程知らずだ。弁えろ騎士風情。──そんな覚悟の程度では、遅かれ早かれ死ぬぞ」

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