アクセルとメロディアの愉快な仲間たち(1)

 街のはずれにどっしりと構えた建物──ノウド国立ヴェール大学。


 アクセルたちがスヴェンに連れられた頃には、昼もとうに過ぎていて、平常授業はすべて終わったのか、学生らしき若者も教授らしき壮年の者共が敷地内をぶらつき歓談にふけっていた。

 ノウド公国の国立大学は、貴重な教育機関なだけあって、入学段階で相応に高い一般教養と学術的資質を求められる。

 その一方で、ひとたび入学すれば一律で奨学金が生徒に支払われることもあってか、騎士学校と同様に庶民の出も多い。廊下ですれ違う人々の見てくれからも、大層な服を着ている者のほうが珍しいくらいだ。


 アクセルやメロディアが──整然とした金髪頭を物珍しく眺めてくる者ならチラホラいたが──ヘリッグの者だとすぐに気付く人間もいなかった。

 メロディアの、変に着飾らず世俗に合ったズボンを履くという判断は、思いも寄らない形で実ったのである。



夢遊病ドラム



 とある部屋の前に立つスヴェン。

 アクセルたちは、そのドアに貼られた乱雑な手書きの看板がひどく気になった。


「あの、スヴェン様。ここは──」

「入るよ、ウーノ!」


 質問する暇さえ貰えない。

 スヴェンはノックすらろくにせず、がちゃんとドアを無造作に開けた。

 清掃くらいはさすがにしているだろうが、そこはおよそ公子公女を迎え入れるにはふさわしくないほど小汚い装いの教室で、荷物や書類がそこかしこに散らばっている。

 いかにも学生の溜まり場といった様相だ。ミュリエルはその惨状に、給仕のさがを疼かせる。


 アクセルはむしろ、その光景に猛烈な既視感を抱く。

 騎士学校の寮内とまるっきり同じじゃないか。騎士の卵たちが共用スペースを好き勝手に使い、飲み食いし、物を散らかしたまましばらく放置。

 最後はアクセルが見るに耐えかねてひとり静かに片付けるか、グレンダが痺れを切らし、男共へかんかんに怒鳴りつけ、働かせる……。


(うっっっっっわ…………)


 そして、教室には四人の男がいた。



 褐色の肌にあご髭をたくわえた、単に老け顔なのか本当に中年オヤジなのか、一眼では判断が付けられない男。

 アクセルやメロディア、あるいはそれ以上に若そうで小柄な茶髪頭だが、見分けが付けられないくらいに顔が瓜ふたつな少年コンビ。

 そして縁のある眼鏡をかけ、スヴェンくらいの年頃でどこか落ち着きがありそうな青年。



 彼ら四人は教室の中心で輪を作り、あぐらをかき、床へ広げた世界地図でわいわいと弁論大会でも催しているようだった。

 ──いや。

 よく見ればその地図の内容はトンチンカンだ。さては架空の、ボードゲームかなにかの地図であったか。ただ遊んでいるだけか?

 あと、床へ所々散らばっている空ビンもアクセルはたいへん気になった。

 中身はなんだろう。水を入れるには大仰な容れ物だが……まさか酒じゃないだろうな? いや教育機関の敷地内に限ってまさかだけれど。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



(こ……この者どもが、スヴェン様の『アテ』だと言うの?)


 およそ今までに接したことがないタイプの男だらけで、メロディアは目を白黒させていると。


「なんだ? そいつらは」


 彼らはスヴェンへの挨拶もまともにしないで、連れのほうに目を付ける。

 特に彼らの興味を惹いたのは、給仕服という特殊な格好に身を包んでいたミュリエルだったけれども。


「ここいらじゃ見ない顔だな」


 ウーノと呼ばれたのは、おそらくあご髭の男だろう。

 あぐらをかいたままじろじろと、アクセルたちを舐め回すように見て、


「新入りか? 今は編入の時期でもないだろうが」

「僕の大事な客人だ。どうか丁重にもてなしてくれよ──」

「あっれー⁉︎」


 スヴェンの紹介にも聞く耳を持たない。

 そっくりの顔した少年コンビがすたと立ち上がるなり、アクセルたちへ距離を詰めれば躊躇いなく頭を指さして声を張る。


「こいつら、二人とも金ピカだよ! なあハンヌ!」

「そうだねアルベルト。この金ピカはもしかして、もしかするんじゃない?」


 少年コンビは顔を見合わせあい、明快な声を揃えて。


「「スヴェンの婚約者だ!」」


 ──超言いふらしてる! まだ婚約したわけじゃないし!

 スヴェンはあからさまに赤面し、決まりが悪そうにしている。

 研究や軍事に関してはあんなに慎重派だったスヴェンが、どうも縁談については、学友にいささか見栄を張った物言いをしていたようで。


「ああ、なるほど」


 客人の素性を知ってようやく立ち上がってきたのは、眼鏡の青年だ。

 この青年はただ雰囲気が落ち着いているだけでなく、他の者と比べ、服装もぴしと襟が整っていて清潔感がある。


「アクセル氏にメロディア公女ですか。お噂はかねがね」

「は、はあ……(どんな噂なのよ)」

「ど、どうも……(どんな噂なんだ)」

「ようこそ『夢遊病ドラム』へ。歓迎しますよ、スヴェンくんのご友人……ええと、ご同業?」


 騎士をスヴェンの──仮にも次期領主でありながら──部下や使い走りではなく、同業と評し、にこにこと手を差し出してくる青年。

 そもそも配属が違うので、厳密には部下ですらないけれど。


(……学びを共にする者という点では、確かに立場は対等か)


 アクセルは抵抗なくその手を取った。



「初めまして。『海を翔ける鳥ペンギンナイト』所属のアクセル・ヘリッグです」

「タルヴォ・スコットです。父が医者をしていまして、僕も大学で同じ分野を学んでいる都合柄、同期でスヴェンくんのお兄さんとは特に仲良くさせてもらっています」


 なるほど、きちんとした家柄だ。しかもスヴェンの先輩ときた。

 どうりで彼だけは理路整然としていそうな……じゃあ、他の者たちはいったい何者か。

 まず、その『夢遊病ドラム』とやらは、なにをして戯れるための集まりなんだ。


 そんなアクセルの心情を察してか、タルヴォはすぐに他の仲間たちについても紹介してくれる。


「そこの髭面が『夢遊病ドラム』のリーダー、ウーノ・ユングリングです。じきに三十路みそじだというのに、何年も大学に居座ってなかなか仕事をしたがらない、ヘリッグ家のお二人に会わせるには毒が過ぎて目も当てられぬ社会不適合者の典型みたいな男なんですよ」

「……」


 ──毒はあなたそのものでは?

 アクセルは愛想笑いを貫きつつ、すぐに認識を改めた。

 タルヴォはタルヴォで、にこにことしたまま誰が得するんだかわからない、極めて辛辣なコメントをぶちかましてくるヤバい男だ。


「そっちのは、兄がアルベルト・ナンセン、弟がハンヌ・アムンゼンです。初めは見分けなど付けられないでしょうから、適当に『兄弟』とでも呼んでおけば勝手に彼らが寄ってきますよ」

「バカやろータルヴォ! お前もいまだにちょくちょく間違えるだろー?」

「そうだそうだ! 同好会の仲間の顔くらいそろそろ覚えろー?」


 不平を垂れる兄弟へ、メロディアが無垢な瞳を向けて、


「兄弟ですのに、姓は違うんですのね?」


 ──メロディア。その質問は初対面にはいささかセンシティブなんじゃ……。

 アクセルの悪い予感は的中する。ただ、兄弟の声色はあっけらかんと能天気過ぎるほどに明るい。


「離婚したからね、ぼくらの親!」

「えっ? ……あ! あー……」

「パパは地図屋さんのナンセンさ! ママの書く恋愛小説がリアリティに欠けるから大っ嫌いなんだってさ!」

「ママは小説家のアムンゼンさ! パパの書くボードゲームの地図がロマン足りなくてつまんないんだってさ!」


 メロディアは双子の軽快なやり取りに既視感を抱く。

 たぶん、あれだ。双子ではないが、レイとベルラの姉妹漫才だ。

 さて、ところでどっち側がナンセンで、どっちがアムンゼンだったか? メロディアにはもうわからない。


(ま、『兄弟』と呼んで差し上げればじゅうぶんよね。お姉様がたもだいたいそんな感じだったもの)


 メロディアもたいがい、兄以外の男には失礼なフリューエである。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



 しばらく会話には混ざらず、ビンの中身をひとりあおっていたウーノは、


「どーでも良いだろ、んなことは」


 とうとう自身も立ち上がってくる。しかし大股で歩み寄り、ウーノが問い詰めにかかった相手はスヴェンだ。

 ぎろりと化け物みたいな大きな目玉を動かし、鋭い視線を送る。


「俺が聞きてえのは用件だ。ヘリッグなんつう面白みもねえ連中が、楽しく遊べるようなもんはうちには転がっちゃいないぜ」

「そうでもないよ」


 スヴェンは少しも怯まなかった。

 自ら数時間前に書き込んだ、架空ではない真っ当な世界地図を広げ、赤丸で示した地点をずいと指さして、


「舟を出せ、ウーノ!」


 らんらんと目を輝かせて告げた。

 出自も分野もてんてんばらばらに見え、傍目ではただ教室を占拠し、たむろしているようにしか見えなかった男たちが、スヴェンの次なる一言で揃いも揃って表情を変えたのだ。



「『冒険』に行くぞ!」

「「「よし来た!」」」

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