卒業と新しい出会い(2)
グレンダの頭は真っ白になった。
呼んでない? この男……昼間から職務をさぼってうたたねをしている、この辺境領主。私を「呼んでない」と言ったのか?
いや待て。そもそも、本当に彼が私の新しいあるじ、アルネ様だというの? ……こんな自堕落男が!?
「ええ〜? そんなわけないでしょう!」
グレンダの心境を代弁するかのように、少女がグレンダの左胸を指して。
「このかたは間違いなく騎士ですよ。ほら、ここにちゃんと
「僕が騎士なんか呼ぶはずないだろう?」
二度も激しい言葉の衝撃を食らい、グレンダはめまいがした。
なんということだ。やはりハルワルド教官の自分が指名されたという話は偽りだったのか。あるいは今度こそ学校側の手違いだろうか。
すると、喧騒を聞きつけたのか、廊下からぱたぱたと新しい足音が聞こえてくる。
グレンダが首を動かさないまま廊下を見やると、息を切らした金髪の女性がそこにいた。
「あ、伯母様!」
「ええ呼んだわよ。確かに呼んだわ!」
女性はとても嬉しそうに、呆けているグレンダの両手を掴む。
「いらっしゃいグレンダさん! ようこそボムゥル領へ!」
「え……? あ、あの」
「近くで見るとさらに麗しいわね。きてくれて本当に嬉しいわ。ああ、今日はなんて素敵な日なんでしょう!」
「ちょ、ちょっと待て!」
困惑していたのはグレンダだけではない。急に目が覚めたと言わんばかりの勢いで、アルネは椅子から立ち上がり叫ぶ。
「本当に騎士を連れてきたのか? 伯母さん!」
「あら、こないだも話したでしょう? クロンブラッドで遊んできたって」
馬車で片道三日の首都通いを、さも平気そうな顔で語る女性。
目尻にややシワが浮いているが、彼女のタフな精神性はグレンダよりも若そうに見えた。
「ちょうど『
女性の言葉でグレンダは思い出す。
先月だったろうか、確かに公開訓練はあった。
あれは各地から定期的に貴婦人を集め、軍事訓練だけでなく音楽や演劇の公演も行われる、一種の見せ物みたいな催しだ。
「彼女すごいのよ。周りは男の子ばっかりなのに、剣一本でばったばったと選手を薙ぎ倒していくんだから」
頬に手を当てながらグレンダのこわばった顔にうっとりする女性。
「それに見てセイディ。とても可愛らしいお顔でしょう? 私、もう一目惚れ!」
「おっどろいた……伯母様ったら、
「もちろん
「良いな〜、あたしも行きたかった!」
話をそばで聞いていた少女も、女性と同じ仕草をする。
勝手に盛り上がる貴婦人二人だったが、アルネはあきらかに大きく取り乱していた。
「うわあどうしよう。困るよ伯母さん。僕は騎士なんかいらないって言ったのに!」
頭を抱えながら放ったアルネの台詞にグレンダはむっとする。
気がつくと何かを考えるよりも早く、心で思ったことがそのまま口をついて出ていた。
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
「お言葉ですがご領主様。たとえここが他国から離れた土地柄であろうとも、いつ何時でも自衛ができる程度には軍事の備えは必要ではないかと」
「……うえぇ?」
「それに、私は『
こういう時に首席と言えない自分がもどかしい。グレンダは内心でのみ歯軋りした。
(やっぱり二番では駄目ね。今からでも時を遡って、公開訓練でアクセルを薙ぎ倒してこよう)
グレンダの脳裏には一瞬だけ、かの憎き金髪の顔がよぎったけれど。
(……しまった!)
アルネのなんとも形容しがたい表情で、グレンダは我に帰る。
そばにいたアルネの伯母もメイドの少女も、グレンダの強気な主張に驚いているようだった。
(言い過ぎたか? いつもの癖で、ご領主様相手に強く出てしまったわ)
これはまずいと思い、すかさず謝罪の姿勢を見せようとする。
しかしアルネ本人はともかく、他の女性陣二人からの反応はグレンダにとって意外なものだった。
「伯母様。ねえ伯母様!」
少女は真剣な顔で女性の裾を引いて、
「確かにこの騎士様、ちょっと……いえ、とっっっても見込みあるんじゃない?」
背伸びしながら耳打ちする。
その声こそ内緒話をするには、いささか声量が大き過ぎていたようにグレンダには感じたが。
「剣の腕が良いだけじゃなくて、肝もすっごく据わっていそうだわ。なんなら公子様より頭良さそう。このかたになら公子様のこと、めいっぱいしごいていただけるかも……」
「ええそうねセイディ。やっぱり私の目に狂いはなかったわ」
女性もあごに手を当てて、しきりに少女の言葉を肯定し続けている。
「しかも聞きました? 副首席ですってよ。間違いなくうちのアルネより教養も学も持っているわね」
「とうとう始まるのね伯母様。待ちに待った、公子様大改造計画! 怠け癖が頭から足のつま先まで染み付いた、公子様の性根を一から叩き直す
「更生させましょう、そうしましょう。この春からアルネは、騎士様の手ほどきで生まれ変わるのよ!」
「勝手に話を進めないでくれ!!」
だだ漏れな二人の会話を、アルネが机を力強く叩くことで無理やり終わらせた。
わなわなと唇を震わせているアルネを見て、グレンダは今度こそ口には出さなかったものの、彼のことが領主としてはあまりに情けない男に見えて仕方がない。
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