偏愛の末路(1)

 早朝からイース城の空気はひどく重苦しい。

 オイスタインは神妙な面持ちで、入室したアルネへまずは結論から告げる。


「昨晩のことは公爵と『雛鳥の寝床エッグストック』に報告する」

「……はい」


 円卓に並べられた椅子のひとつへ案内されたアルネが、腰掛けながらうなずく。

 グレンダもアルネの隣りの席に座り、ぐるりと集められた騎士たちの顔ぶれを見渡した。


(ああ、やっぱり。『凍てつく太陽イースソウル』の団長と副団長、それから……私以外の騎士は、皆さん熟練者ベテランばかりだわ)


 執務室のひりついた空気でグレンダは緊張感を膨らませる。

 すでにクロンブラッドへ送る報告書もしたためてあったのだろう、副団長が紙面に記された文章を淡々と読み上げていく。


「襲撃による負傷者は騎士が十七名、使用人が六名、パーティへのご来賓が二名の計二十五名です。城へは正面と裏玄関からの侵入がほとんどで、階下で我々が賊を押さえ、会場までの立ち入りを許したのはアルネ様とその騎士グレンダが対峙した女、ただひとりでございます」

「死者はいらっしゃらなかったのですか?」


 負傷者、という表現にグレンダが先走ってしまう。

 副団長はグレンダを流し見しつつ、重々しい表情のまま口を開く。


「負傷したご来賓は、たまたま席を外し屋外へいらっしゃった方が賊の流れ弾に当たったことによりますので、幸いイース領外の御人おじんが亡くなる事態は免れましたが……我が騎士団からは二名、使用人も一名が落命しています」

「……使用人」


 グレンダだけではない。アルネもこめかみを指で強く押さえた。

 あの会場でふたりの舞踏会を見守っていた、彼女に違いない。


「また、負傷した騎士の中にも重体の者が何名かおりますので、死者はこの先増える可能性がございます」

「ひどい有り様だ」


 報告を聞くなり唸ったオイスタインは、パーティの最中には決して見せなかったような険しい顔をしている。

 クラウこそ命を取り留めたが、やはり無事でなかった者もいたのだとグレンダは昨夜の惨状に心を痛めた。


(クラウ先輩……『雛鳥の寝床エッグストック』では目障りでしかない人だと思っていたけれど、まさか彼の生き死にでここまで執着させられる日が来るとは)


 グレンダは自分の精神の脆さを自覚する。

 いざ知り合いが目の前で死ぬかもしれない場面に直した時、人間とはこれほどに動揺するものなのか。

 現に、少なくとも使用人の女性は亡くなっているのだ。


「……僕が二次会に付き合わせてしまったから、あの女性は……」


 アルネが自責の念に駆られているところを、グレンダが慌てて励まそうとする。

 しかしグレンダやアルネにさらなる衝撃をもたらしたのは、報告に黙って耳を傾けていた団長が次に示した見解だった。



「侯爵様。此度の襲撃を未然に防げなかったのは、ひとえに我々の不手際でございます」

「……うむ」

「ですがたいへん恐れながら、出所の知れない賊を相手にこのような被害であれば、むしろ我が部下たちの懸命な尽力が功を奏したとも私は考えております。──これが侯爵様の居城でなく外の戦場いくさばであったなら、死傷者はこの比ではございませんがゆえ」


 どういう意味だ、とアルネやオイスタインが聞き返すよりも早く。


「殉職した二名は紛れもなく、イースと公国のために献身し職務をまっとうした騎士のかがみです」

「うむ。その通りだ!」


 団長のやや言葉尻の強い主張に、オイスタインも膝を打つ。

 アルネがさあと顔を青ざめさせていくのにも気が付かないまま、


「その二名、実に大義であった。彼らは私と祖国のためによく尽くしてくれた。おのがあるじと土地を守って死ねるとは、まさしく騎士道冥利に尽きるというものだ!」


 オイスタインは団長へ賛同と称賛を送る。


「彼らには日を改めて私からイース勲章を贈ろう。もしご家族がいれば、使命の成就と昇進の知らせを騎士団から至急届けるように」

「承知いたしました」


 団長が着席したままオイスタインへ深々と辞儀をすれば、副団長も他の騎士たちもパチパチと、今は亡き勇敢なる騎士たちにはなむけの拍手を送った。

 この場にいて手を合わせなかったのは、両手を膝に付けたままじっとしているグレンダと蒼白したアルネだけだ。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



「……グレンダと言ったか?」


 拍手が止んだ頃、団長はグレンダにも話を振ってくる。


「きみのことは以前より、クラウから話に聞いていた」

「……え。クラウ先輩が?」

「今期の『雛鳥の寝床エッグストック』を副首席で卒業したそうだな。特にアクセル公子とは、日頃から稽古で技を磨きあうほどの間柄だったとか」


 まさか『凍てつく太陽イースソウル』でもそんな噂話を触れ回っていたのか、とグレンダは仰天した。

 それもクラウの証言では、あたかもアクセルと仲が良いみたいに聞こえるではないか。


(違う! 奴はそこいらの賊よりも率先して倒すべき、ただの宿敵ライバルなのに……)


 グレンダが募らせていく不満を表情に隠しきれないでいると、


「昨晩はその研鑽に恥じぬ、見事な働きぶりであった。きみの活躍がめざましかったからこそ、賊は早い段階での撤退を選んだのだ」

「……お褒めに預かり光栄です」

「その能力があれば、次の出陣へはおそらくきみにもお声がかかるだろう」

「…………は」


 耳を疑ったのはグレンダもアルネも同じだ。

 団長は今、なんと言ったのか? 次の──出陣?



 空想の彼方へと飛んでいた二人の意識を、現実へ引き戻したのはオイスタインだった。

 七三になっていた前髪を整え直し、ひとつ軽い咳払いをしてから、中年の男がつい先ほど十も二十も若返ったかのような凛々しさを声色に乗せて。


「アルネ。──とうとう始まったんだよ」


 うきうきと。らんらんと。

 弾ませる声に怒りと執念の炎を熱くたぎらせて。


戦場いくさばだ。我々イースこそが、同胞の仇を取り帝国を打ち破る戦場いくさばの最前線へ躍り出るのだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る