偏愛の末路(2)

 オイスタインの号令で、わあっと『凍てつく太陽イースソウル』の騎士たちが円卓で立ち上がり雄叫びをあげる。

 グレンダは目をぱちぱちさせたまま座っていたが、悪夢にうなされたような顔をしたアルネが真っ先に部屋の盛り上がりを鎮めた。


「ま、待ておじさん!! なんだ戦場いくさばって……最前線って……!」


 慌てふためきながら立ち上がり、オイスタインへ問いただす。


「ここは最北さいほくだよ? 帝国なんてイース領よりボムゥル領より……クロンブラッドよかずっと南にあるじゃないか。だいたい、昨日襲ってきた奴らが帝国の人間だと決まったわけでは……」

「いえ、公子様」


 オイスタインが何か告げるよりも早く副団長が口を挟む。


「昨日のヴァイキングどもは山を越えたり海を渡ったり、ましてや東の隣国を経由してイース領へ現れたわけではなさそうです」

「ええっ!?」

「日頃からイース領は出稼ぎや住み込みが多く、労働者として紛れ込んでいた可能性が高いと我々は見ています」

「な、んだそれ……こんな辺境に……まっ、まるで諜報員スパイじゃないか!」


 愕然とするアルネだったが、副団長は残念そうに首を横へ振った。


「正真正銘の諜報員スパイです。昨日も何人かは騎士団が捕らえましたが、逃がしたぶんも含めると潜伏兵はまだこの町に少なからず残っているでしょう。であればこそ、我々に取れる手段はただふたつ。領内の不届き者を洗い出すこと、その間に帝国本土を叩くことのふたつのみにございます」

「上等ではないか。先に手出ししたのはあちらさんだ!」


 オイスタインがアルネへの回答を引き継ぎながら、


「この報告書を届ければ、公爵もすぐに出陣命令を下されるだろう。そうなればイースだけじゃない。近隣の領主にもざっと、騎士団から精鋭をクロンブラッドに遣わすよう召集令がかかるはずだ」

「ば……か、な」

「他人事じゃないぞアルネ。お前も私と共に見ただろう? あのふしだらな女が、私たちの血肉も同然の騎士たちをほふっていくところを。火蓋はとうに切り落とされた。健闘むなしく散っていった彼らの無念を晴らせるのも、失われた騎士団の名誉を挽回できるのも私たちだけだ!」


 とても饒舌にこれからの展開を語り始め、アルネは再び顔を青くさせる。

 団長も副団長も、立ったまま何度もうなずいていてまるで反論する気配を見せない。どころか、自身たちも帝国との衝突を強く望んでいるようだった。



 次にアルネが視線を移したのはグレンダだ。

 この場でただひとり座ったままのグレンダは、黙りこくったまま真剣な表情でオイスタインの話に耳を傾けている。


 ──その小さな胸中で、いったいなにを思っているのか。

 アルネにはグレンダの本音を、その表情から悟ることができない。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



「や……りたいなら好きにしてくれ!」


 唯一。

 賛同が渦巻く円卓で、アルネが唯一オイスタインの主張に反発した。


「あんたたちは好きに戦えば良い、あだ打ちと名誉挽回とかいう大義のために。でもその大義に僕たちを巻き込まないでくれよ!」

「なんだと?」


 声を裏返させたオイスタインに、


「僕はクロンブラッドなんか行かないぞ。もちろん、グレンダも行かせない!」


 アルネはそう叫んで腕を振り下ろす。

 円卓が大きくぐらついたことで、グレンダは驚いたようにアルネを見上げる。オイスタインも眉をひそめ、意味がわからないとでも言いたげな顔を向けた。


「馬鹿を言うなアルネ。公爵から召集がかかるのは実に誉れ高いことじゃないか。おまけに稼ぎどきでもある」

「僕はおじさんほどお金にがめつくない!」

「……っ、アルネ様! ご領主様に失礼ですよ」


 慌ててグレンダがたしなめても、アルネの高揚は収まらない。


「そっちは騎士団だからいくらでも人手があるかもしれないが、グレンダは僕の、ただひとりの騎士だ。僕よりもおじさんや公爵のめいが優先されるなんて言うつもりか!?」

「決めるのは私ではなく公爵だ。だがクロンブラッドに呼ばれれば、お前はとても断れる立場じゃあない」


 アルネは奥歯を噛み潰す。

 あきらかにグレンダの派遣を嫌がっている素振りで、オイスタインはさすがにアルネの心境を勘づいたのだろう。

 席を立ちアルネの正面まで歩いていくと、小刻みに震える肩へ手を添えてゆっくりと言い聞かせた。



「いいかアルネ。お前も、もう一人前の領主だ。騎士を持つということはそういう意味なのだよ。目の前で血が流れた以上、お前も私も、海や山の端っこで息を潜めている場合ではなくなってしまった」

「……僕も彼女も、そんなことのために力を振るったわけじゃない」

「力を振るうのは彼女だよ。お前や私は力を持つ側──?」


 そうではない、とグレンダは口を危うく滑らせかける。

 ぐっと唇を固く閉ざしている間に、オイスタインは大人の言葉でまくし立てていく。


「ゆえにアルネ。優れた騎士に戦場いくさばで功績をあげさせずして何があるじか! 公子や公女のおりだけで仕事が成り立つ騎士なんてのは『海を翔ける鳥ペンギンナイト』くらいのものだぞ」

「国や自分のためなんかじゃない! 彼女はただ、自分の仲間を助けようとしただけなんだ」


 アルネはオイスタインの手を振りほどき、団長へすがるような目を向ける。


「どうかグレンダのことは報告書へは書かないでもらいたい。これは彼女のあるじたる、僕の意向です」

「……公子様のご意向に背く意志はありませんが」


 団長は眉間にやや皺を寄せつつも毅然とした振る舞いで、


「それは偽証罪にあたる行いですので……侯爵にお仕えする我々が法に背くことはできません」

「そんな……!」

「なにより、そこが戦場いくさばとなった以上、戦わなければ自分自身か、仲間が死ぬのが常でございます。どうかご理解くださいアルネ様」


 そう告げると、オイスタインは満足げに姿勢を正した。

 反論の言葉を失いつつあったアルネと、一切の口を挟む事なく成り行きを見守っていたグレンダが顔を見合わせ合う。



「……グレンダ」

「アルネ様。私たちはそろそろおいとましましょう」


 苦しそうに喘ぐアルネへ、グレンダは平静を装った。


 自分が戦場いくさばへ駆り出されるかもしれないという話を聞いて、気持ちがまったく揺さぶられなかったわけではない。

 しかし、昨晩の襲撃で大きく国家間の情勢が変わったことは確かだ。

 今は一刻も早く屋敷へ帰り、いかなる状況にもすぐ応じられるよう備えが必要だとグレンダは静かに悟っていた。


「オイスタイン様。お話はおおむね理解いたしました。会議の途中でたいへん恐縮ですが……」

「よろしい。今日のうちにボムゥル領へお戻りなさい」

「失礼いたします」


 離席の承諾を得たグレンダは立ち上がり、アルネを扉へと連れていく。

 アルネはまだ意気消沈としている様子だったが、ふらふらと歩いては扉の取っ手に指をかける。


「もっと胸を張りなさい」


 猫背気味に執務室を立ち去ったアルネへ、オイスタインが最後にかけた激励の言葉である。


「たとえ公子としては末席であろうとも、あるじは常に領民の前でも──おのが騎士に対しても、胸を張れる紳士を演じなくちゃあいけないよ」

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