グレンダとアルネ(3)
アルネが叫ぶと、摩訶不思議な青い光景がさあっと引いていく。
元の視界を取り戻したグレンダは、なにが起きたのかさっぱりわからず、しきりにあたりを見渡していた。
「え、な……アルネ様、今のは──」
「これはまずい!」
グレンダが問うよりも早く、アルネがグレンダへ勢いよく振り返る。
「セイディ、ヨニー。すぐに馬を出してくれ! あの崖の大木が目印だ」
「了解!」
すぐに駆け出したセイディとヨニー。
アルネはグレンダへ歩み寄ると、思い詰めた様子で両肩を掴んでくる。
「グレンダ。きみは馬には乗れるか?」
「は、はい! 騎士学校の授業で習いましたので……」
「じゃあ二人が戻ってき次第すぐに出発するぞ。風の音を頼りに走らせるから、僕も一緒に乗せていってくれ」
「承りました。……ちなみにアルネ様。ご自身での乗馬のご経験は?」
「何年か前に初めて乗ったら、その場で蹴落とされたんだよ。もう二度と自分では乗るものか!」
「……左様でございますか」
馬にすら馬鹿にされているらしい、締まりがないアルネの返事でグレンダは浅い息を吐いた。
そうしているうちにセイディとヨニーが帰ってきて、
「アルネ様、どうぞしっかり捕まっていてください」
馬に跨ったグレンダが手を差し出すと、アルネはやや躊躇いながらもその手を受け取った。
グレンダの背後に座したアルネが、なかなか自分の腰へ腕を回してこないことに苛立ち、
「急いで!」
「はっ、はい! ごめんなさい!!」
声を荒げるとようやくアルネは、グレンダの腰と肩に手を置いた。
馬に鞭打てば咆哮と
グレンダがわずかに背後を気にすれば、セイディとヨニーもそれぞれ自分で馬を走らせ追いかけてくる。
彼らの目的地は大木。
崖を見下ろせばすぐ真下に海が見えるような、領地の果てを目指す。
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
馬は丘を下ると、みるみるうちに速度を上げていった。
(早い……馬ってこんなに早いものだったの!?)
振り落とされないよう注意しながら、グレンダは懸命に馬を操縦する。
気がつくと背後からはセイディとヨニーの気配がすっかり消えてしまっていて、グレンダとアルネを乗せた馬だけが異様なまでの速さを誇っているようだった。
(もしかして……これもアルネ様の仕業?)
グレンダはアルネが口走った言葉を思い出す。
風の音を頼りに走らせるとは、もしやただの比喩ではなかったのだろうか。
丘での不可解な行動にしてもそうだ。グレンダの視界に映った青い景色は、異様でありながらひどく鮮明だった。
あの時アルネはただ領土全体を見渡すだけでなく、なんらかの手段で子どもを見つけ出していたかのように見えた。普通ならあの距離では、とてもじゃないが人間ひとりを視認することなどできない。
(アルネ様はいったい、なにをした?)
そんな事を考えている暇もなく、馬は目的の崖までたどり着く。
雑草もほとんど生えていない岩だらけの崖で、唯一そびえ立っている大木を遠目で見上げれば、グレンダもアルネもすぐさま目にすることとなる。
「アルネ様、あれは!」
「ああ。間違いない!」
次第に泣き声も聞こえてくる。
大木の遥か高いところ、枝に服の裾をあちこち引っ掛けながら懸命にしがみついている、まだ幼い男の子の姿。
これほど集落から離れた場所、それも大人でも登るのが困難な高さまで、あの子は自ら到達してしまったのだろうか? ……否。
グレンダはすぐに悟った。今も子どもの周りを飛び交っている、それを見つけたことで。
「──『
グレンダの代わりに叫んだのはアルネだ。
森を抜け広大な海を優雅に舞いながら、時には自分よりも巨体な獣に襲いかかり食らいつく、極めて獰猛な生物である。
放牧していた羊や豚の子どもを攫うこともあるため、人間にとっても天敵だった。
そして大木には鳥の巣らしきものがあり、よく耳を澄ましてみれば人間の子どもだけでなく、何羽もの雛鳥が号哭している声が聞こえてくる。
「危ないっ!」
空で大きく迂回した
グレンダもアルネも馬に乗ったまま頭を低めた。
二人揃って馬に振り落とされないよう堪えている間にも、
(……っ、このまま乗っているのは危険だ! 剣も満足に振れないわ)
前足を下ろした瞬間を見計らい、グレンダはアルネと共に馬から降りようとする。
「待てグレンダ!」
しかし、アルネはグレンダの腕を強く掴んだ。
「アルネ様! しかし──」
「まだ降りてはいけない。セイディが追いつくのを待つんだ!」
アルネは自身の両手を眼前に構え、指と指を合わせるような仕草をする。
その碧眼は、今まさに向かってくる
「きみは馬を鎮めていてくれグレンダ。僕たちが落とされないように──!!」
合わさっていた指を離した瞬間。
二人を乗せた馬を中心に突風が巻き起こる。地面から水が吹き上がってくるように、嵐が天まで突き抜けていくように。
襲いかかってきた
──今度こそ見間違うはずもない。
この突風を生み出したのは、確かにグレンダのそばにいる彼だ。
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