メロディアの純愛(1)
「……ひとりで出歩くなよ、メロディア」
開幕、説教じみたことを呟くアクセルへ、
「お兄様に護衛をお願いするべくお姿を探していたのです。お兄様ってば、騎士団が解散するなり、すーぐどこかへ行ってしまいましたから」
メロディアは負けじと言い返す。すたすたと隣まで歩み寄ってきて、
「今日は屋敷へは戻らず、近くの宿を取る運びとなりました。ミュリエルはそのまま部屋へ残してきましたけれど……構いませんよね?」
一緒にゆるやかな潮風を浴びた。
ふたりはなんとなく、堤防へ並んで腰掛ける。
「彼女はしばらく、ひとりにさせてあげたいのです」
「……ああ。それが良い」
力なく返事したアクセルへ、メロディアは唐突に手のひらを差し出す。意図が読めずぼんやりしていると、
「メロディアとの約束! まさか、お忘れになりまして?」
「……あー……」
急かしつけられてようやく思い出したみたいに、アクセルは懐を探った。
内の胸ポケットへしまい、落とさないよう糸で軽く縫い止めておいた封を引き千切り、しばらく預かっていたペンギンのブローチを抜き取る。
『
アクセルもそんな、騎士や勇者が出てくるおとぎ話みたいな展開を、あわよくばと期待していたのだが。
「ふふ、さっすがお兄様。傷ひとつ付いておりませんね?」
ブローチを受け取るなり空へ掲げ、しげしげと眺めるメロディア。わずかに夕日が反射し、金属は赤みを帯びている。
「ちゃんと約束、守ってくださりありがとうございます」
「……たまたまだよ、これは」
アクセルはやはり元気がない。
心臓こそ無事だったか知らないが、心はずっと前から、ズタズタに見えない刃で切り裂かれたままだ。
「……いくら僕やこれが無事でも、ミュリエルが……」
「ミュリエルだって、お兄様や騎士団のどなたかを責めてなんかいません」
間髪入れずメロディアが言った。
「オーラヴさんは確かに残念でしたけれど……それでも、ミュリエルは自らお兄様へかけていた言葉通りのことを考えています」
守るべき妹に励まされて、なんという情けない騎士で兄なんだろう。
ミュリエルや誰がどう考えていたって、守るべきものを守れなかったのは覆しようのない事実であり、騎士が騎士である意味なんか失われつつあるとアクセルは卑下した。
騎士団全体ではこれ以上の手を講じられなかったとしても。
せめて自分くらいは、もっと現場にて最善の手を講じられていたなら──もっと戦場へ駆り出される前に、あらゆる備えができていたなら、あるいは。
「抱え過ぎですよ、お兄様」
アクセルの心境をどこまで汲み取っていたのか。
メロディアは海を見つめたまま、
「お兄様がたいへん優秀なのはメロディアも存じ上げていますけれど。それでも、一応は新参のご身分でしょう? お兄様はきっちり、ご自分が為すべき務めを果たせたのではありませんか?」
ブローチを握っていたアクセルの片手をぎゅっと掴む。
唇を固く引き結び、なにも答えようとしないアクセルへ、続けて優しい言葉を投げた。
「ねえお兄様? わたし、誰かの心身を思い、お命をも賭けて守らんとするお兄様の勇ましいお姿を見るのはとってもとっても大好きですし、たいへん心強いですけれど……」
メロディアの小さな手が力を強める。
「もしそれで……お命はもとより、お兄様の心が壊れてしまうのでしたら……お兄様が騎士でいてくださる、その意義が失われてしまうのではありませんか?」
「…………それ、は」
上手く回らない思考を懸命に回して、アクセルは苦し紛れに。
「騎士って、きっと、そういうものだから」
駄目だ。やはり思考が──騎士としての信念が揺らいでしまっている。
その主張では、イェールハルドの「本来は護衛役でしかない影なる存在」だとか、タバサの「使い捨ての生きた道具」などと断じているのと大差なくなってしまうではないか。
違う! 僕はそういうつもりで騎士になったんじゃない。
けれど現実には、殉職した彼らは昇級扱いを受けていて、
その流れを断ち切るだけの力、断じて否と言い切れるだけの
言語化するよりも先にいろいろな感情が頭の中を支配していく。
今にも泣き出しそうだったアクセルへ、メロディアはひしと抱きついた。
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
「お兄様! ……お願いがございます」
広い背中を優しく撫でる。
「お兄様が大事になさっているもの……お仲間……お洋服……技能……知識……
「……メロディア」
「ですが、どうか! ……どうかまずは、お兄様が一番大事なものを……大切にしたいと考えていらっしゃるものを、第一に守っていただきたいのです」
アクセルはメロディアの腕の中で碧眼を細める。
一番大事なもの、だって? そんなもの……聞かれるまでもない。
「ねえお兄様。お兄様が一番守りたいもの、騎士道とやらをもって貫き通したいものって結局なんなのですか?」
「もちろんお前だよ、メロディア」
用意された答えを復唱するみたいに、アクセルの返答は早かった。
だが、なぜかメロディアは納得しない。まだ引き下がってはくれなかった。
「存じ上げております。ええ十二分に。……でも、今のお兄様はペンギンなんたらでしょう?」
「『
「今やお兄様は、騎士でなくたってわたしの中では最強で最優の紳士ですのよ? わたしを第一に守ってくださるのであれば、別にわざわざ、騎士団に属する必要はなかったのではありません?」
──ああ。
なんて今更で、なんて至極真っ当な返しなんだろう。
黙りこくっているアクセルへ、メロディアは追求を止めない。
「なんでしたら、今からでも遅くありません。『
──それは。
それは、できない相談だ。たとえメロディアからの申し出だったとしても。
「どうして? わたしも……ついでにミュリエルだって、日頃は騎士団の近くにも、お父様や団長様の近くにもおりませんのに」
なんで今更、そんな意地悪を言うんだ。
アクセルは珍しくメロディアを逆恨みする。薄々では勘付いていた。メロディアは内心いろいろと思うところありながらも、アクセルが望む未来を案じ、なにも言わず騎士の世界へ送り出したに過ぎないと。
それがこのザマだから、問いたださずにはいられないのだ。
「ねえお兄様。結局のところ、騎士のお仕事って楽しいものなんですか?」
半ばわかりきった問いを投げつつ、
「近頃はあまり明るいお顔をなさっていませんでしたから。……前までは……」
メロディアはついに、長らくさわりたくてもさわれなかった、アクセルの琴線にひたりと触れた。
「騎士学校に通っていらした頃は、わたしもミュリエルも屋敷ではまずお見かけしないくらい……わたしが妬けちゃうくらい楽しそうにしておりましたのに」
ああ。
いよいよ騎士失格かもしれないと、アクセルは自嘲気味に笑う。
なんだ。──全部、お見通しだったんじゃないか。
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