おとぎの国はいずこ(1)

 ここまでやり取りを交わせば、ウーノはにんまりと悪い笑みをこぼす。

 アクセルへずいと顔を寄せ、


「その代わり、いっこだけ聞かせろ。お前はなにゆえ、この冒険に挑まんとする?」


 たずねてくるので、アクセルは少し言い淀んでから答えた。

 この回答は協力に対するせめてものお礼、彼らへできるせめてもの誠意だ。


「その孤島にいるかもしれない、僕の同胞と再び巡り会うためです」

「ほおーう? 同胞! さては騎士か」

「ええ。僕が今も、こうして騎士を続けていられる理由でもあって……」


 あらためて口へ出すのは、とても気恥ずかしかったけれど。


「とても、です」


 ──この男も、さぞかし今よりもうんと面白がるだろうな。

 その騎士というのがまさか、女性だなどと口走れば。



「ふうーん? ……そういやあ」


 自ら聞き出しておきながらそこまで楽しそうでもないウーノは、耳の下あたりを指でかきむしり、


「騎士界隈にも、スヴェンみたいな物好きがいなかったか?」

「えっ?」

「海を渡って、帝国など異大陸の賊国へ騎士団を送り込むための手筈みたいな、いかにも軍事関係者らしく夢も希望もへったくれもない、クソ真面目なレポート以上論文未満みたいな文書よ。そいつをうちじゃない、クロンブラッドの大学へ提出した奴が、ずいぶん昔にいたって教授に聞いたことがあるぞ」


 さも世間話の域を出ないような口ぶりで。


「なんでも、そいつは今、っつう触れ込みだが?」

「……は……」

「そっちにも、まったく話を通さないつもりでいるのか? おおかた若気の至りで書き殴ったに過ぎんだろう、そいつの研究もどきくらい、聞きに行ったってバチは当たらないと思うんだが……どうなんだ?」




 アクセルは呼吸を止めた。

 何度もウーノの証言を反芻し、


(……っ、あ)


 はたと思い出す。

 いや、もちろん知らない。海がどうとか、大学へレポートがどうとか。

 だがアクセルの本心として、掛け値なく、これはグレンダを探すための旅路なのだ。

 ともすればどうして自分が今の今まで、その顔ぶれを少しも浮かべなかったのかが不思議なくらいで。


「ま、焦る必要はない。冒険に焦りは禁物まである。俺らも明日あたり、ちょいと大学で文献が残ってないか調べてみようかね──」

「もしかして」


 アクセルは強張った頬で問いかける。


「うん?」

「その騎士というのは、まさかとは思いますが……──」


 孤島へ辿り着くためにもどうしても確認せねばならなかったのに、なぜだか気が重い。なんだったら外れて欲しいくらいの推察だ。

 もし本当に、彼が『当たり』だったら。

 アクセルはきっと、彼のことも──心身だけじゃない、人生でただ一度きりの青春を極めてきた、あの学び舎へもほの暗い心を抱いてしまうかもしれない。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰






 翌日。

 馬車の中でアクセルは黒い騎士服を纏っていた。

 メロディアとミュリエルはここに同乗していない。彼女らの身柄は『枝分かれの道ノウンゴール』本部へ預けてきたのだ。

 騎士たちには孤島や長期休暇の仔細は伝えていないはずだが、スヴェンの口利きがあったおかげか、彼らはやたら協力的で、快く外部の要人護衛を承諾してくれる。


 どのみち、ここばっかりは女性陣を連れてはいけない。

 あの建物に──騎士学校に踏み入って良いのは『騎士』だけだ。



 中央本館機長室。

 両足を揃えてドアの前に立ち、アクセルは二回軽くノックした。


「入りなさい」


 部屋の中から聞こえてきたのは、たった数ヶ月でひどく懐かしく感じる、しわがれていようとも頼もしく安心できる声。

 同期でありながら誰よりも尊敬していた女性騎士が、手放しで信頼できる人だと断じるだけのことはあった。


「失礼します」


 アクセルはドアを開けた。

 今さら、改めて顔色を伺うまでもないほどに、高い姿勢で書斎の椅子に腰掛けている老騎士はなんら変わりなく。


「久しいな、アクセル騎士」


 来訪を訓練生に聞き及んでいたのか、たまたま執務中だったのか。

雛鳥の寝床エッグストック』機関長──ハルワルド・ヴァレンタインは、机上で指を絡ませ、がしと拳を握り込み、


「『海を翔ける鳥ペンギンナイト』での務めは滞りなくこなせているかね? まあ他でもないきみだ。言うほど私も懸念は持ってはいないが」


 常に仏頂面なイェールハルドともまた違う沈着さで、アクセルのいかなる用事にも真摯に耳を傾ける準備を、彼なりに整えてきた後といった様子であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る