アクセルとメロディアの愉快な仲間たち(3)

「……ふ」

「ふ?」

「ふっふ……あは……あ、っはは、はははははははあっ‼︎」


 メロディアはけらけらと笑い転げた。

 唖然とする一同にも構わず、


「あはは、全っっっ然美味しくない! ていうか堅い! ものすんごくかったいわアクセルお兄様! あはっ、あは、あはははははははは……──!」


 世間へ向けて気丈に振る舞ったり、誰かへ特別気を払っているというわけでもない。

 ここいら数日で一番の笑顔、これ以上ない最高の輝きを酒場にて解き放ったメロディアに、アクセルとミュリエルは顔を見合わせ、同じように晴々とした笑顔を浮かべたのであった。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰






 連れて行かれた酒場も酒場で、ウーノの実家の顔利きだったらしい。

 彼らの乱痴気騒ぎに目くじら立てるどころか、二階の空き部屋を今晩の寝床にと貸し出してくれた始末だ。

 笑い疲れたメロディアが、ミュリエルもともに部屋で眠りに着いた頃。


「あ〜、遊んだ遊んだ」


 酔いで終始ぶっ倒れていたはずのウーノがもそもそと起き上がってきたのを、アクセルは驚き厨房で振り返る。

 アクセルはといえば、宿のお礼にと店内の片付けや皿洗いを手伝っていた。


「ええと……おはようございます?」

「なんだあ? 騎士様ってのはスヴェンに負けず劣らず働きもんだなあ。んなもん店の奴にやらせとけば良いのによ」


 意識もはっきりしている。アクセルは意表をつかれた。

 あの様子ではてっきり、今日は起きてこないとばかりたかを括っていたが。


「他の奴はもう寝たか? ああ寝てるな」


 わざわざ確認するまでもない。どんちゃん騒ぎした酒場の惨状と、そこいらで酔い潰れたり寝そべったりしている男たちの顔ぶれを見れば一目瞭然だ。


「ふー……よっこらせ」


 ウーノはカウンター席へどっかりと腰を下ろし、アクセルがすかさず用意した水をがぶ飲みする。

 自分でひとしきり落ち着きを取り戻すと、


「ところでよ、アクセルとやら」


 おもむろに話し出した、ウーノの証言にアクセルはもっと驚かされた。



♰ ♰ ♰ ♰ ♰



「お前らの冒険に手ェ貸してやらんことはないが」


 ウーノは難しい顔をして、あご髭をさする。


「実を言うとな。お前らが目指したいっつう例の方角には、ちと心残りがあってね」


 皿を拭く手を止め、アクセルはカウンター席へ身を乗り出す。


「まさか、孤島に心当たりが?」

「いやねえよ、そっちはな。俺ァねえけど……ねえからこそ、だ」


 ウーノは聞き返してきた。


「お前、ヘリッグなんだろ? お国のことを誰よりもわかってなきゃならないヘリッグでも、所在がはっきりしてねえってのが、なんつうかね」

「……ええ、まあ。自分としても面目ない話ですが」

「だったらよ。なぜ今の今まで、その孤島に着いた人間がひとりとていないんだ? あるいは、もし辿り着いていたとて、ヘリッグのお耳にも入らないなんてヘマをする?」

「え。……そ、れは……」

北西の大島グリーンランドも、北や南に最果てがあることだってもうわかってんだ。それに、西って言ったな。西なんざもっともっと奥へ進めば、ここや帝国のほうとはまた別のでっけえ大陸があるらしいことも、俺らの間ではとっくに知られてらあ。そんな近場に、まじで孤島があるってんなら、とっくに誰かしらが偶然着いてて、噂になったっておかしくないんじゃないのか?」


 アクセルは目から鱗が落ちる感覚に浸る。

 言われてみれば確かに……ウーノの指摘はもっともだ。ウーノはそれで、今回の話をどこかうさんくさがっているのだろうか。



「……ウーノ氏は」


 はやる気持ちを抑えつつ、


「どうして、そんなことになっていると思います?」


 我ながら抽象的な問いを投げてしまうも、ウーノはすかさず見解を述べた。


「お前らが今しがた候補に挙げてる地点は、どいつもたまたま、異大陸を目指す動線からは絶妙にってのが俺としちゃあ堪らんね」

「ズレてる? ……そうなんですか?」

「おうとも。北西の大島グリーンランドへ行くにも異大陸を狙うにも、もちろん南へ渡るのにも一切使わない海だね。で、問題はその動線なんだが……」


 ウーノはやはり難色を示している。両腕を組み、


「あのあたりは確か、って港の連中がよく触れ回ってらあ」

「なんですって?」

「孤島がどうとかいう以前の問題よ。海の荒ぶりが年中激しくて、もし海が穏やかでも、あたりの天候が大して悪くなくっても! ひとたび例の方角へ漁に出向こうとすれば、んだってよ」

「……っ!」

「おかげで今や、知る人ぞ知る危険海域デッドゾーンだ。あのへんには誰も近寄りたがらん。かくいう俺らも、冒険のために死ねるのは本望だが、死ぬと初めからわかってて行く冒険ほどつまらんものはないんでね」




 潮風の流れ──




 アクセルは脳内で仮説を組み立てていく。

 その話が本当であれば、もしや孤島まで続く道は、天候や地形のせいではない、誰かによって意図的に閉ざされているのではなかろうか。

 さては──『魔法』の仕業なのか?


「もちろん協力はする。が、波を見て少しでも分が悪いと思ったら、潔く帰ってくるのも冒険の鉄則だぜ」

「……そう、ですね」


 夢や希望はどうか知らないが。

 孤島の存在に限っては──いよいよ現実味が増してきたではないか。



「準備ももうちっとしっかり整えたほうがいいな。ま、察するに、いくら天下のヘリッグ様でも今回は騎士団の手は借りられねえってんだろ?」

「……お手数をおかけして申し訳ありません」

「大いに構わねえよ。そのための俺、そのための『夢遊病ドラム』だ」

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