ヘリッグ集会(3)

 出自がもとより複雑なアクセルはともかく、メロディアも公女としては末端の立場だからか、会場に着いてもすすんで話しかけてくる者はほとんどいない。

 壁際の方でむしゃむしゃと、アクセルが小皿へ綺麗に盛り付けた食事を貪るのみである。

 アクセルが察するに、来賓にとって、成人しておらず保護者らしい保護者も近くにいない彼女に、他の公女をないがしろにしてまで関心を示す意義がないのだ。


 唯一、オイスタインだけは事のついでみたいに話しかけてきた。

 それでも、背が伸びたとか前に見た時より綺麗になったとか、メロディアへお世辞の二言や三言述べていくだけだったが。

 もしかしたら、メロディアが真に美しい女性となる近い未来へ向けての先行投資だった可能性も完全には捨て切れない。しかし、まあ、人脈だけはやたら持っている彼のことだ。この場にいる全員に一度は話しかけるという独自のルールにでも則っただけだろう、とアクセルは目を瞑る。


(あっというま過ぎて、ボムゥル領のことは聞きそびれてしまったな)


 別に退屈さは感じない。

 自分の脇でメロディアが「お兄様。ねえお兄様! これってなんの卵かしら? サーモン? よくわからないけどとっても美味しいわ!」と料理に舌鼓を打っているうちは疎外感を得る時間など持ち得ないからだ。

 そんな、喧騒の中でもうまく保てていた穏やかなアクセルの時間は、あの男の登場によって砕かれる。



「そこにいたか、メロディア」


 足音を隠していたのかとでも勘繰りたくなるほど、へリッグ公爵は突然現れた。

 アクセルがメロディアに対してそうしているみたいに、公爵の数歩後ろにはイェールハルドと──もう二人、控えている。

 その二人が何者であるか、アクセルはすぐに理解できた。


「……お久しゅうございます、お父様」


 食事の手を止め、メロディアはけろりとした顔でへリッグ公爵の顔を見上げた。

 フォークに突き刺さったままのサーモンが、十代半ばの少女をいっそうあどけなく演出している。

 ああそうだ──メロディアは、まだまだ花より団子だ。


「昨年お会いした時と変わらずお元気そうで何よりですわ」


 社交辞令だけは一丁前に覚えたメロディアへ、へリッグ公爵は血の気がない顔で答える。


「まあ、元気じゃない日がないからね。私は」


 ──そりゃあそうでしょうね。

 あなたは毎晩のように、自分の気分に合う女性と寝るだけの生活をしているのだから、病を患っているなどと嘯くほうが各人に失礼ですよ。

 なんなら、表向きでくらい多少は血気盛んな表情を見せていただいても罰は当たらないのではありませんか。


 そんな罵詈雑言を喉奥に押し込み、アクセルは無感情を演じ続けた。イェールハルドやそこら辺の給仕みたいに。

 本当は、この集会くらいでしか顔を合わさない彼へ言いたいこと、たずねたいことは積もるほどある。

 だがアクセルは生まれてこのかた、へリッグ公爵と──紛うことなき実の父親にも関わらず──まともに親子らしい会話を交わしたことがない。

 しょせんは愛人のひとりが勝手に産んだ子だと思っているのか、そもそも息子そくし息女そくじょには等しく興味がないのか。

 いつどこで目にしても、彼が顔色をまったく変えないで突っ立っているからアクセルにはわからない。


 ただ、少なくともへリッグ公爵は、騎士服を着込んだその金髪頭が己の息子だという認識くらいはできていたらしい。


「うん? ……なんだ、その格好は」


 アクセルは騎士学校の頃から、周りよりもわずかに背丈が低い。

 ようやく目線を向けられても高身のヘリッグ公爵に見下ろされているような感じがして、あまり良い心地はしなかった。


「……僕は」

「彼は今期より『海を翔ける鳥ペンギンナイト』に着任しております」


 アクセルが身を硬くしているのを悟ってか、偶然か。

 代わりにヘリッグの疑問を解消したのはイェールハルドだった。気分の良し悪しに関わらず眉間に皺寄せた顔で、


「『雛鳥の寝床エッグストック』でその年の最上の成績を修めた上での着任です。以来、彼は我々で責任持って預からせていただいております」

「へえ、そうか。まあ、お前が面倒見るなら問題ないな」


 おそらく自分の手元に一度は届いたであろう通知書と同じような内容を聞かされると、やはりへリッグ公爵は興味なさげに頷いた。

海を翔ける鳥ペンギンナイト』は公爵直属の騎士団だ。アクセル含めた団への新規雇用の書類には、他でもない彼が判子を押しているはずだというのに。


「で、だ」


 あっさりと社交辞令を済ませたへリッグ公爵が、ついに己の背後でずっと押し黙っていた別の二人を紹介する。

 一人はアクセルも何度が集会で見かけたことがある老人だ。ヴェール伯爵だろう。

 もう一人は顔を見てもいまいちピンとこない。少し痩せぎすの頬をしていて、ヘリッグ公爵にも増して顔色が悪いが、あきらかに緊張した面持ちで事の成り行きをそうと見守っている若い男。

 彼がおそらく、例の見合い相手だ。


「文面でも伝えたと思うが、お前をめとりたいという申し出がある。……イェールハルド、個室の用意は?」

「手配しております」

「よろしい。私も初めは同席するから、少し別の部屋で話し合おう」


 メロディアも強張った表情で、わかりました、と小さく返事する。


(娶る、なんて生々しい言い方をするなよ)


 アクセルはため息を吐きそうになったのを堪える。

 もしかしたらメロディアは、その話題になった瞬間に断ってやろうくらいの気位きぐらいでいたのかもしれない。

 だが、ヘリッグ公爵があまりに気軽な様子で、感情の起伏が読めない話し方を続けてくるものだから調子が狂ってしまったのだろう。


(公爵も同席、ということは……団長にも縁談の一部始終をお見せする羽目になるのか)


 これから始まる光景を想像しただけで頭が痛くなる。

 ヘリッグ公爵の口振りからして──今に限らずいつでも同じと言ってしまえばそうだが──どうせ、彼自身はこの縁談に大した強いこだわりを持たない。

 ヴェール伯爵または次男本人と、いたって事務的に仲を取り次いだに過ぎないだろう。


 ヘリッグ公爵のほうが、この縁談を強引に成り立たせるような動きを見せる可能性は限りなく低い──とアクセルは断じる。

 あとはいかにして穏便に、かつ確実に破談まで持ち込めるかが重要だ。

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