ヘリッグ集会(4)
アクセルはふと訝しむ。
なぜヘリッグ公爵は、実はそこまで開きたくもないであろう年一回の集会を飽きもせず続けているのか。
その答えは案外簡単に見つかった。彼はおそらく、父親らしい職務の一環として一家団欒の場を設けているだけなのだ。それも、淡々と事務的に。
そこに愛なんて感情はない。彼自身が初めから有していない、有するつもりもないものを、こちらへ一方的に求められても困る。
つまり、この集会に大した意義はないという結論付けになってしまうだろう。
誰もが惰性で公邸に集まっている。
大黒柱への義理立てとして、ヘリッグとしての威信を落とさないため、理由はさまざまだ。とにかく、主催が用意しなかった集会に臨む意義というやつを、各々でどうにか取り繕っているだけだ──その意義すら、アクセルは騎士になる
──ひとりだけ。
ただひとりだけ、この集会を無意味だと、時間の無駄だと、父親の面と向かって吐き捨てた男がいた。
当時の彼はまだ少年で、それこそ今のメロディアと大差ない年頃にも関わらず、生意気な餓鬼の戯言みたいなノリで、その実、心の内ではみなが薄々思っていた図星をぐさりと突いた。
以来、その男は一度たりとも集会へ顔を出さなくなる。
彼を身の程知らずだと嘆く者もいれば、どうせ公子としては末席なのだから居ても居なくても同じだと断じる者もいた。
あるいは、彼はへリッグの中でも極めて危うい存在だ、ボムゥル領なんて辺境で野放しにしてはいけない、早いうちに公邸まで連れ出して監視下に置いたほうが良い──と、ヘリッグ公爵へ直接警鐘を鳴らした者もいたとか。
アクセルはふと感傷に浸る。
結局、その男は本当に公国の反乱因子と成り果てたのだ。
この国で誰よりも強く、気高く、美しかった女性騎士を道連れにして。
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
(なんにせよ、僕が今日この集会に出る意義はある)
公邸にて、真昼の立食パーティを抜け出した金髪頭が複数。
第八公女メロディアとその騎士アクセル。
彼ら兄妹が父、へリッグ公爵とその騎士イェールハルド。
イェールハルドの計らいなのか、案内された別室に他の騎士や従者の姿はない。
大きなテーブルで両家が向かい合うように着席する。ヘリッグ公爵とメロディアが隣り合えば、一応は親娘らしく見える。
ヴェール側の親子も、伯爵がにこにこと貼り付けたような笑顔を続けている隣で、次男のほうは明らかに場慣れしていない様子で、そわそわと視線を泳がせていた。
「公爵様ァ。本日は我々ごときに大変ご貴重なお時間を割いていただき恐縮にございますゥ」
顔だけでなく声まで媚びへつらったヴェール伯爵は、
「ほれィ、ごあいさつくらい自分でしなさァい」
「あ、はい。ええと」
言葉尻をいちいち弾ませながら、次男の後頭部を軽くはたく。
次男はやや縦長の顔にしてはやたら大きな丸眼鏡をかけていて、両手でフレームの位置を直しうつむき、極力この場にいる誰とも目を合わせないようにしていた。
「スヴェン・ヴェールと申します。その、今は領内で『
いざ話を振られても声が上擦っている。
どうやら公の場で話す機会も今までろくに持ってこなかったらしい。
「自分は次男ではあるのですが、兄がつい最近医者になりたいと言い出しまして……いえ、もともと大学のほうで医学をかじってはいたのですが……昨今の情勢が不安定なのを気に病んでいるようでして、特に……エスニア共和国と近々戦争をするという噂で、自分も領内ではなく直接
「こいつに家督を継がせる段取りを組まなきゃならなくなったわけですよォ」
スヴェンはしどろもどろな割には一度口を開くと話が止まらない。引き際を自分で測れないタイプだろうか。
ヴェール伯爵が痺れを切らしたように話を遮ると、心底参ったとでも言いたげに頭をかく。
「このせがれも、じきに二十歳ですからねェ。本当なら父親が手を入れずとも好きにさせておきたいところだったんですがァ、お恥ずかしい話ィ、こいつ、今の今まで一度たりとも自前で浮いた話を持ってきたことがないんですわァ」
父親に呆れられるとスヴェンはより気まずそうに下を向いた。
ヴェール伯爵の話を完全に鵜呑みにするわけではないが、アクセルから見ても確かに、女性を取っ替え引っ替えできるような肝の座りかたはしていなさそうな青年だ。
「ただ、最近は『
「ほう。青臭くて楽しげな話だな」
へリッグ公爵は眉一つ動かさずにそう告げた。
彼にとっては、若くて女性に疎い男なんて確かに物珍しい生き物だろう。下手したら内心では、若いのに遊びのひとつも知らないなんて勿体無いとか考えているかもしれない。
(なるほど、騎士団との仲介役か。ミュリエルの話は本当だったみたいだな)
アクセルは壁際で直立し、テーブルの動向を静かに見守っている。
その隣ではイェールハルドも微動だにせず、ほとんど部屋の空気と化していた──騎士としてはそのほうが正解だが。
(この際、ご次男の恋愛遍歴はどうでも良い。たまたま話に聞いただけの公女と、すかさず縁を繋ぎにきた伯爵の手早さのほうが気になるな)
斜め後ろでメロディアの顔色を伺う。メロディアも終始黙りこくったまま、ヴェール親子よりはむしろヘリッグ公爵の動向に注意を払っているふうにさえ見える。
ヘリッグ公爵はメロディアとヴェール親子それぞれの顔を交互に眺め、少しの間沈黙してから、
「……なあ、スヴェン」
おもむろにたずねた。
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