ヘリッグ集会(5)
「どうだ? 実物は」
「え? ……ええと、その」
「娶る気になったか?」
スヴェンは返答に困ったようにまばたきを繰り返し、一旦はメロディアへ視線を向けた。もしかしたら、彼が見合い相手の顔をまともに拝んだのはこれが最初だったかもしれない。
「は、はい。その、さすが公爵様のご息女と申しますか……ええ、非常に整った顔立ちをしておいでで……」
言ってから顔を赤らめたのは、初心だからなのか、己が語彙のなさを恥じたのか。
ただ、今回ばかりはアクセルはスヴェンに同情した。ヘリッグ公爵の質問には彼でなくても困惑するし、メロディアどころか国家の父みたいな存在に、その娘の印象を聞かれれば誰だって似たような返しをするほかないだろう。
なにより、まだ一言も会話を交わしていない初対面の相手に、容姿以外のいったい何で印象付ければ良いというのか。
「ふん。そうか」
それでもって、ヘリッグ公爵はお世辞未満の返答にいとも容易く満足するのだ。雑に席を立ち上がるなり、
「あとは話し合うなり、寝るなり、当人同士で好きなようにやれ」
たった今顔を見たばかりのスヴェンへ、淡々とそう宣告した。
そのまま退室しそうな勢いのヘリッグ公爵に、アクセルは思わず「ちょっと待て!」と叫びたくなる。幸いヴェール伯爵もまったく同じ感想を抱いたようで、
「お、お待ちください公爵様ァ! その、ええとォ? つまりィ……メロディア様との、そのォ、婚姻を、お認めいただける……ということでェ?」
父親のほうですらスヴェンと同じような、歯切れの悪い口調に変わってしまう。
「ああ。ヴェールの世継ぎが相手なら別に問題ない」
──問題ないわけないだろう!?
アクセルは歯噛みする。つい最近まで後継ですらなかった、それもただの短時間でこうも頼りなさを露呈させている男に、自分の娘、それも公女をそんな簡単に嫁へ行かせる父親がいてたまるか。
「さ、左様にございますかァ……」
「これ以上私が関与する余地はなさそうに見えるが? そうだな、まあ、ついでだ」
拍子抜けするヴェール伯爵へ、続けざまに。
「この祭事に時間は十分ある。今日のうちに交わっておくと言うなら、それ用の個室くらいはこしらえてやらんこともない。……必要か?」
──なにを言っているんだこの男は!?
自分は感情を大っぴらに出さないでおきながら、他者へ対するデリカシーのかけらも持たないヘリッグ公爵の提案にアクセルは絶句する。
メロディアも実父からの思いがけないキラーパスに目を白黒させ、壊れかけのからくり人形みたく着席したまま首をあちこちへ動かし始めてしまう。
「イェールハルド。どこかに空き部屋は? ああもちろん、こことは違い寝具が備わっている──」
「取り急ぎ部下に調べさせましょう」
かろうじて最後までは言わせなかったものの、イェールハルドも相変わらず顔色を変えない。
一番慌てたのはスヴェンだった。がたと音を立ててテーブルを揺らし、
「おっ、おおお、お待ちくださいっ!」
今は青ざめた顔をして、ヘリッグ公爵の純然たる善意を彼なりにひどく丁重に断った。
「そっそのう、お心遣いは大変、痛み入りますけれども……ええっはい、確かに、ここから先の時間は、メロディア様とじかに……大広間で! 交流を深めさせていただく機会をちょうだいできたらと……思う次第でありまして……」
「へえ。そうか。まあ別に構わないが」
ヘリッグ公爵はスヴェンを見下ろし、わずかに新しい感情を碧眼へ浮かべる。
その目で、表情で、場にいた全員が理解した。
彼は紛れもなく、その青色にひとつの雲もない善意のみで、降って沸いたこの縁談を成り立たせようとしているのだと。
「若いくせに気長だな。一人目の婚姻くらい、さっさと決めてしまえば良いものを」
善意を無下にされて機嫌を損ねたというわけでもなさそうだ。
ほんの少しだけ不思議そうな顔をしたまま、ヘリッグ公爵はイェールハルドを連れて部屋を出て行ってしまう。
仲介者にすっかり取り残された者たちはしばらく呆然としていたが、やがて口を開いたヴェール伯爵が、
「は……はははァ。公爵様はなんと言いましょうか、お噂に違わず、実に寛大で豪胆な
心にもない世辞を絞り出しながら、ハンカチで額の汗をぬぐった。
地獄のような空気が流れる部屋を相当居心地悪く思ったのだろうか、ついさっきまであんなに他力本願だったスヴェンが立ち上がり、
「広間に戻りましょうか。ええと、すみませんが、そこの騎士さん。その、不都合でなければ公女様と、その、少しの間ふたりきりにさせてはもらえないでしょうか……いえもちろん、周りの目がある場所で……父上も、どこかでご待機願えませんか?」
などと、自ら次の進行を案ずるほどである。
アクセルは脱力し、しぶしぶスヴェンの提案を呑む。ここまで場を引っ掻き乱されては、断れる縁談も断れないだろう。
(……なんの時間だったんだ、今のは)
ヴェール親子にメロディアと続いて、最後に個室を出たアクセルは、苦々しい顔で無人となった部屋を振り返った。
縁談も、集会も、まだまだ終わりそうにない。
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