誰も望まない再会(1)
「半島縦断って……本当にできるのか?」
亡命の言い出しっぺが青い顔でそんな弱音を吐き散らしたのは、出発して最初に馬を休めた時。なんの建物もない高原とはいえ、無防備に馬車を出てあたりをうろつき始めるのでグレンダは慌ててアルネを引き留める。
「何日、いや何週間かかるんだろう。そもそも、もし他の領主や騎士団に見つかりでもしたら、その時点で確実に目論見がばれるじゃないか!」
「アルネ様! 早く馬車にお戻りください」
「国の外へ出られたとして、僕たちはどこへ向かえば良い? 隣国? いやいやっ、結局は東にもばかでかい大国がある。安全とは言い難い……!」
「ま、最終的には大陸を脱したいですよね」
セイディが地図を広げながら、
「目指すは西南の海沿いを通って、帝国をも超えた南の異大陸!」
「てっ帝国も通るのか!?」
提案してくるので、アルネは頭をかきむしった。
「それじゃあ同じじゃないか! 帝国と戦いたくないから逃げてきたのに……そうだ、東にしよう。帝国へ突っ込むくらいなら東の大国だ。特にあっちは、変わった文化の島国が大陸の果てにぽっかり浮かんでいると話に聞いたことがある!」
「極東などと言わず、内陸の移動民族が暮らす土地なんかもあたしは興味ありますけどねぇ。ただ、あの辺も情勢が目まぐるしく変わるんで、国ひとつまたぐのにも危険がつきものなんですよ〜。こちらで持っている情報も少ないですし」
「うへぇ……」
「だから、公子様。──スティルク領を経由しましょう」
驚いたのはグレンダも同じだ。
周囲を見張っていた視線をセイディへ向き直す。
「……なんですって?」
「最近グレンダ様が、スティルク領の騎士様と文通なさっていたでしょう? より安全に国を抜けるためにも、あらかじめ情報を多く集めていた土地を使うべきです」
セイディの主張にグレンダは眉をひそめる。実はグレンダもアルネと同様、国を出てからは東へ向かうものとばかり思っていたのだ。
さらに極東にも島国があるとアルネが明かしたことで、グレンダは自身が胸に秘めていた思惑を大きく揺らしていた。
(そう……セイディは西が良いと言うのね。……西へ向かうなら、なお私は探したいものが……)
グレンダはまだ黙っている。
内に秘めた自身の願いも、長らく隠し通してきた些細な展望も。
「セイディ。言っておくけれど、あちらの騎士団もアルネ様には手を貸さないわ。むしろ、あの領土は普段から周辺の動向には相当目を光らせている……見つかる危険性の方がずっと高いんじゃないかしら?」
「目を光らせているのは
グレンダの懸念にセイディはにんまりと笑みをこぼす。いたずらっ子みたいな顔をして、茜色の目をらんらんと輝かせた。
「だからこそ死角に付け入る隙があるとあたしは読みました! あちらさんは隣国の見張りで忙しくって、首都から近い反対の方角なんかに目を向けてはいません。峠も多く霧が濃くかかっていて、地上は町から見えづらいでしょうし。だいじょーぶ、見つかりませんよ!」
「なるほど……確かにな。しかも公国の領土内だから危険も少ない!」
手を打つアルネがセイディへ駆け寄り、わしゃわしゃと茶髪を撫で回す。
「でかしたセイディ! さすがは僕の優秀な参謀だ!」
「えへへ〜、もっと褒めてくださいよ公子様ぁ!」
頬を紅潮させながら照れているセイディを横目に、グレンダはまったく不安を拭えないでいた。
セイディの言い分が間違っているとは思わなかったけれども、いささか自分たちの都合の良いように考えすぎではないかと感じたのだ。今走らせている馬車だって、どこまでの道のりを共にできるかわからない。
(こんな調子で本当に、私は自分の務めを果たすことができるの……?)
あれから、十日ほど経ったろうか。
そんなグレンダの悪い予感は、案の定的中することとなる。
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
スティルク領の森中で、タバサとアルネ一行はばったりと出くわしてしまった。
誰よりもこの状況に混乱していたのは、かつての同胞に剣を向けられているエリックだ。
「なんだこれなんだこれなんだこれ? え、死ぬ? 俺、もしかして死ぬのか? よりにもよってグレンダに殺されるのか、俺!?」
「落ち着け」
タバサはアルネの顔を見るなり、まだ口で咥えていた煙草から新しい煙をふかす。
銃口こそまだグレンダへ向けたままだったが、遭遇したての時よりも随分とタバサは冷静さを取り戻しているようだった。
「エリック。そこの女、貴様の知り合いか?」
「知り合いなんてもんじゃねーですよ! ついぞこの間まで『
「黙れと言っているでしょう!」
グレンダはいっそう声を荒げた。
刃が今にもエリックの喉を裂いてしまいそうで、青ざめたエリックがヒュウと唾を乾かせる。
(まずい……よりにもよってエリックに見られるなんて。しかもこの女、アルネ様を知っている!)
睨み合いが続く森で、タバサは笑みをこぼし黄金色の瞳をぎらつかせる。
「……なるほどな。おおかた読めてきたぞ」
グレンダたちの腹を探るように、
「ボムゥルはイースからそう遠くない領土だ。それも、アルネ公子はあそこの領主とは昔からの付き合いだとも耳にした」
「お前と問答する義理はない。それ以上口を利くなら騎士ともども殺す!」
「何日だ? 貴様ら、ボムゥルからここへ来るまで何日要した?」
互いが置かれている状況を事細かに紐解いていく。いくらグレンダが凄んだところで、タバサにはあまり意味を為していないようだった。
「イースで口火が切られた帝国との戦いはすぐそこだ。じきにクロンブラッドからも召集令が下るであろうこの時期に、貴様らはいったいどこへ向かおうと言うのだ?」
「……っ」
──見抜かれている。
そう直感したグレンダに残された手段はただひとつ。
(
まずは取り押さえている騎士のほうから。
タバサの発砲とこちらの斬撃、それにセイディの援護も加わればどちらが速いかは明白だ。
グレンダは剣を持つ手に力を込め、即座にエリックを──
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