真夜中の舞踏会と襲撃者(5)
「『
女が言い放った単語に、グレンダが息を呑んでいる暇はなかった。
使われていないはずの第二会場の明かりがついていることを、誰かしらが不審がったのだろうか。
どたどたと扉の奥から廊下を駆ける足音がいくつも聞こえてきたかと思えば、会場の扉が乱暴に開かれる。
『
一気に駆け込んできた十数人もの騎士たちが、グレンダもアルネもすり抜けて、剣を片手に女を取り囲む。
「──アルネ!」
扉のそばから聞き覚えのある声が飛んでくる。
騎士たちに守られながらも、オイスタインがここまで駆けつけてきたのだ。
「おじさん!?」
「無事だろうな、アルネ! お前というやつは、いつのまにパーティを抜け出して……!」
「今はそれどころじゃないだろう!?」
騎士たちが乱入した時点で、アルネは自身が放っていた風を引っ込めていた。
魔法に関しては素知らぬ顔をしながらも、最も危険な場所へ乗り込んできた城主にアルネは焦燥を隠せない。
「なぜ来たんだおじさん! 城のあるじがこんな危ないところまで出張るんじゃない!」
「それは私の台詞だ、大馬鹿者が!!」
避難を促そうとしたアルネへ、オイスタインは凄まじい剣幕で怒号を浴びせた。
「──っ、おじさ……」
「お前は私の息子も同然なのだぞ。万一お前になにかあったら、カイラに合わせる顔がないだろうが!!」
オイスタインの言葉に、アルネは意表を突かれたような顔をする。
すると、オイスタインを守っていた騎士のひとりがグレンダの元まで飛び込んできた。クラウだ。
クラウはグレンダの赤いドレスを一瞥するなり、
「……おいグレンダ。髪型の次はなんだよその格好? ふざけているのか?」
「今はふざけている場合じゃありません! イース城の現況は?」
「階下じゃあ今も先輩がたが侵入者どもを押さえ込んでいるよ。……あの武装、たぶん『ヴァイキング』だ」
そう報告してくるので、グレンダはえっと声を上げる。
『ヴァイキング』──ノウド公国で神出鬼没に現れては暴れ回る人畜有害な輩。騎士たちの間でもしばしば議題に上がる海賊たちのことを、そう呼んでいる。
外見や肌の色から、連中の大半が帝国から送り込まれた刺客ではないかと、騎士たちの間では日頃から提唱されてきた。
「ヴァイキング!? なぜこんな海もない土地に……」
「俺が知るかよ。ひとつ確かなのは、帝国にせよ隣国にせよ、敵がこんな北方にまで潜り込んでやがるってことだ!」
女がとうとう動き出した。
騎士たちの剣筋をかい潜り、人間とは思えぬ異様さで動き回り、携えたナイフでくるくると華麗に舞う。
人伝いに、壁伝い。赤いカーペットがみるみるうちに血で塗り替えられていく。
(なんだあの女は。強い……!)
グレンダは決してアルネと女がひとつの線で結ばれないよう、その背中で庇い続ける。
しかし女の狙いは初めからアルネではなかった。
「おじさんっ!」
壁に両足つけていた女が、凶刃に倒れた騎士の頭を踏みつけオイスタインへ一直線に飛んでいく。
グレンダがすかさず間に割って入ろうとしたが、
「どけ!」
代わりに女のナイフを剣で受け止めたのはクラウだった。
ふたつの刃が合わされば、キンッ!! と鋭い火花を散らす。
「ふしだらな格好した
クラウがナイフを持っていた女の手を蹴り飛ばす。
一瞬、女がナイフを手放したかのようにグレンダからは見えた。
しかし宙に投げ飛ばされた腕を伸ばし、女は再びナイフを握りしめる。
──ひらりと。
華麗な着地を決めた女が、ナイフをクラウの胴体へ突き刺した。
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
うめき声と共にクラウが倒れていく姿を目にした瞬間、グレンダは自分の瞳がかっと燃え盛ったような気がした。
剣を握る手に力を込め、裸足で強い一歩目を踏み込む。
「グレンダ!?」
アルネの制止も聞かず、グレンダは剣を女へ振り下ろす。
女はやはり器用に刃渡りの短いナイフで剣をいなし、手首を返しざまグレンダの喉元を狙ってきた。
だが、その動きはグレンダにとってすでに読めているものだった。
「──あ、ぐ」
膝で女の腹をど突けば、女はぐらりと体勢を崩す。
グレンダはそのまま馬乗りになり、剣の
ナイフはカーペットの上で音もなく女の指先から離れ、転がっていく。
あまりに一瞬の攻防で、周りにいた騎士たちは誰もグレンダの動きについていけない。
風より速く、女よりも美しく舞い踊った赤いドレス姿の騎士が、敵の喉元へギラリと剣を突きつけては低く唸る。
「……異国の穢らわしい女。私に
獰猛な目つきで、いかなる獣よりも恐ろしい形相でグレンダは冷たく言い放った。
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