アクセルの騎士道(2)【第二部最終話】

 夏の空は目まぐるしく色を変える。

 今日のクロンブラッドは灰色の雲に覆われていたが、会議室でただ一点、迷いも惑いもない澄んだ青が静かに佇んでいた。


 アクセル・ヘリッグが、その一身に青を背負う。


「……それがあなたの答えですか、イェールハルド団長」


 踵を返して会議室を出て行こうとすれば、ようやく渋い中年の声がアクセルの背中に投げかけられる。


「アクセル」


 なにを今更呼びかけるつもりだろうか。

 さほど期待もしないまま、アクセルは足を止める。


「お前は今、何者としてここに立っている」

「騎士としてです」


 アクセルはすぐに答えた。

 その脳裏にあったのは団長ではなく、孤島で今なお銀髪の青年に付き従い、過酷な己が運命にも公国内外の未来にも立ち向かわんとしている、翠眼の女騎士。


「騎士に求められるは、あるじを守り抜くためのすべと忠誠の心……なのでしょう?」


 稽古場で受けた団長からの説教。

 言われずとも肝に銘じてきたつもりだった、その意味を改めて自分のものとして口に出す。


「おっしゃる通りです。そして、我々が掲げてきたその騎士道は、すべてそれを支えてくれる人、すなわちあるじ、すなわち秩序があってこそ、初めて意味をなす」


 イェールハルドの顔を見るのが、少し怖かった。

 彼もまた、騎士として正しい在り方を貫いていたからこそ、己が信じる騎士の在り方を貫こうと、一歩前へ踏み出したばかりのアクセルには、彼と再び対峙するのが恐ろしい。


 なにせ、イェールハルドもアクセルの言葉をさっきからなにひとつとして否定しようとしない。

 彼も、アクセルが進まんとする騎士道が、ひとつの選択として間違っていないと胸の内では思っているのだ。


 どちらかが間違えているのではない。

 ただ、騎士の在り方が決定的に違ってしまっただけなのだ。




「……団長」


 アクセルはしっかりとイェールハルドの両眼を見据えた。


「僕は、騎士の道を進みます」




 そう言ってアクセルは、会議室をゆったりした足取りで出ていく。そのまま二度は振り返らなかった。

 再び呼び止められることもなく、廊下をひた進みながら窓へ視線を移し、曇り空を見上げて、ふと思った。


 ──雨が降るより、雷が落ちる方が早そうだ。

 それも、『死の雨シーレライン』とは対称的な、極めて局所的で痛烈な一撃。


 しかし肝心なのは、その雷を誰が落とすかだ。

 エスニアや魔女に落とされるが早いか。

 黄金の瞳を持った、かの男爵令嬢が落とすが早いか。


 ここにふたつの騎士道が対立した今、国境くにさかいの向こう側から迫り来る脅威のみならず、半島そのものが割れる日も近いかもしれない。


 その時、金髪碧眼の青年はいつまで己が定めた騎士道を貫けるだろうか。

 強く、気高く、美しい姿のままで。



 紅茶が飲みたい、とアクセルは唐突に思った。

 母のように慕う侍女が洗練された動作で淹れる、アールグレイも捨てがたいが。

 いつまでも色褪せない青い瞳と金色の髪、晴れ渡る空みたいに綺麗な笑みをこぼす愛くるしい妹の、拙い手で淹れられた紅茶なんかもたまには良い。



 ──とりあえず、帰ろっかな。

 たった今本部に帰ってきたばかりだけど。

 僕が僕を騎士たらしめている、美しさの象徴。

妹様メロディア』が手ぐすね引いて待っている、あの屋敷こそ、僕が最初に帰ってくるべき場所だから。











〈蒼天の聖騎士と純愛公女の冒険譚〜生まれ変わっても妹になる__了〉

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