アクセルの帰郷(2)
メロディアは着席してからも、落ち着かない様子でしきりにアクセルの顔を盗み見ている。
(お兄様ったら、こんな時でもまだ騎士の格好をしていらっしゃるわ……本当にここへくる直前までお勤めをなさっていたのかしら)
春に騎士学校を卒業すると、もとより不精気味だったアクセルからの便りはいっそう来なくなっていった。
新米は初めは多めに仕事が割り振られるものだと、いつだかに姉達から聞いたことがあったような気がする。
時々ここへ帰ってきても、アクセルはひたすらメロディアやミュリエルへ騎士学校での暮らしについて話を聞かせてくる──心底楽しげに。
授業が座学・実践のどれを取っても面白いだとか、寮での同級たちが軒並み変わっているだとか、『
(お兄様こそ、きっと騎士団の方々には変な目で見られていますわ。本来であれば騎士に守られるべきお立場にありながら、危険なお勤めが多い騎士をご自分がすすんでやりたがるだなんて)
メロディアの湿っぽい視線に気付いたのか、アクセルはにこりと微笑みかけると、
「そういえばメロディア」
カップをテーブルへ置き、何食わぬ顔で問いかけた。
「僕は明日、お前の護衛として例の会合に出向くつもりだけど……」
「まっ! そうなんですの?」
さも当然といった様子のアクセルに、メロディアはまつ毛を何度もはためかせる。
ミュリエルも意外そうに目を丸くしていて、すかさず仔細を聞き出そうとした。
「アクセル様、本日は休暇を取ってこちらに戻ってこられたのではないのですか?」
「まあそれでも別に良かったんだけどね」
アクセルは首を軽く傾ける。
笑顔も軽い調子も崩さないでいるが、その声にはわずかな硬さをミュリエルは感じ取っていた。
「せっかく『
「ええ……ええ! お兄様の仰る通りですわ!」
ウィンクを投げ掛けられるとメロディアは容易く惚けた表情を浮かべた。両手へ頬を当て勢いよく背もたれすれば、危うくチェアが後ろへ傾きかかる。
「わたしもお兄様であれば一寸の迷いもなくこの身命を捧げられます!」
「こらこら。身命を捧げるのはお姫様じゃなくて騎士の方だよ」
メロディアをたしなめるアクセルの笑顔に、ミュリエルは複雑な微笑みを返す。
(なるほど、それで騎士服を。……会合、でございますか)
確かに、アクセルにとってあの公務は『会合』だろう──『団欒』などではなく。
公爵の号令により、公国各地へ散らばっているへリッグ家のほぼ全員が本邸へ集結する、通称『ヘリッグ集会』。
アクセルは騎士学校に通い始めると、そこでの多忙を理由に何度か号令に応じないことがあった。
どんなに聞き分けなくあどけない妹を演じているメロディアも、義兄の内情を察しないはずもなく、集会の欠席に関しては、回数を重ねるごとにしのごの言わなくなっていった。
公子としてではなく、騎士として。
あくまでも公女の従者としてであれば、少しは居心地が悪くなくなるだろう──と、アクセルは考えているのだろうか。
(いえ。もとより、そのための『騎士』だったのかもしれませんね)
アクセルは騎士を志した、その経緯や動機についていまだに多くを語ろうとしない。
だが、ミュリエルはそれ以上深くを聞き出そうとはしなかった。
彼女もまた、彼の従者であったからだ。たとえ長らく母親同然の付き合いをしてきた身であろうとも。
母親じみた仕事はできても、彼の母親そのものになることはできない。
なるべきではない。目付け役とそれは似て非なるものだと、それ以上を求めてはいけないと、ミュリエルは知らぬふりを続けている。
(わたくしはただ奉仕するのみ。彼を真の家族として愛するのは……彼の愛そのものは、メロディア様お一人でじゅうぶんですから)
ミュリエルは終始起立したまま、二人の朝食が済むのを待っていた。
考え事をしている間にそれは終わっていたらしく、アクセルは慣れた手つきでテーブルの上を片付けようとしたのをミュリエルは慌てて引き留めた。
「アクセル様! ここからはわたくしが」
「え? いや良いよ、給仕も立派な騎士の務めだし──」
「この屋敷の給仕はわたくしでございます!」
ミュリエルの睨むような目つきに、アクセルはしまったと苦笑する。
「まさかメロディア様に次いで、あなたまでわたくしの仕事を取り上げるおつもりで?」
「ごめんごめん。何もそこまで怒らなくたって」
アクセルは言い咎められると立ち上がり、今度はメロディアのほうを向いて、
「じゃ、僕は騎士らしくお姫様と遊んでこようかな。そうだね、具体的には……」
少しだけわざとらしく、騎士というよりも兄が妹の悪さを咎めるような顔を作ってみる。
実は、再会してまもなくメロディアの火傷跡には気付いていたのだと静かな主張をしながら。
「本職にも負けないくらいの紅茶が淹れられるよう、一緒に練習してみるかい?」
「……うぅうう……」
メロディアは自分の腕を押さえ、アクセルから露骨に目を逸らし赤面する。
長らく同じ屋根の下で暮らしてこようとも、その家族にさえ──あるいは家族だからこそ、隠しておきたいこと、詮索されたくない裏の思惑や影の努力などは誰にだってあるのだろう。
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