卒業と新しい出会い(5)
「狩猟にでも出かけるつもり?」
銃を見たグレンダが思わず声を張ると、セイディは嬉しそうに笑った。
その反応がセイディにとって、まさしく期待通りであると言いたげな様子で。
「狩りではないけれど、きっと騎士様がおしゃれよりも興味ありそうなところよ。……付き合っていただけるかしら?」
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
グレンダはセイディの誘いにより、ボムゥル領へ来てから初めて屋敷の外へ出ることとなった。
ノウド公国は春を迎えたばかりで寒さも残っているが、麦の収穫は始まっており、放牧された牛や豚が悠々とした様子で草を貪っている。
農地の真ん中を進むセイディは、わざわざ猟銃を携えておきながら一向に山や森へ登ろうとする気配がない。
「……どこへ行くの?」
「もうちょっと歩いた先に平野があるんです。そろそろ他のみんなも集まっているはず」
セイディの返事は、あたかも目的地で誰かと待ち合わせしているように聞こえ、グレンダは首を傾げる。
事実、農地を抜ければグレンダも初日に目撃した広い草原があった。
ただし前に見た時とは違い、原っぱには明らかに人が施したであろう設置物が乱雑している。
防壁、射撃の的、木枝を円にして囲まれた小さな闘技場。
それらはどう見ても間違いなく、グレンダにとっても馴染み深い、なんらかの戦闘訓練をするための用意ばかりだ。
(なぜこんなものが? ボムゥル領に騎士団はないはず……)
グレンダが目を丸くしていると、すでに集まっていた人々の輪から唐突に大きな声が響きわたる。
「だっ、誰だそいつは!?」
グレンダを指差し、喚いたのはひとりの少年だ。
やや小ぶりな鉄剣をぶら下げ、小麦色のハンチング帽を被り、小柄な体躯に少し大き過ぎるローファー靴を履いた黒髪の少年。
体格もさることながら、
「聞いてないぞセイディ。屋敷の新入りか!?」
顔を真っ赤にさせながら、少年がセイディに問いただす。
セイディはわざとらしいため息を吐くと、大袈裟な身振り手振りでグレンダのことを紹介した。
「見ての通り騎士様よ。屋敷であたしといっしょに働いているグレンダ様」
「き……き〜ぃし〜ぃ!? はぁ〜あ!? 女じゃねえか!」
「あらヨニー、女性だからって舐めてかかったら痛い目見るわよ? 今日からはグレンダ様も、あなたたちみぃんなのご指南役だもの!」
「指南ですって?」
驚いているのはグレンダも同じだ。
ヨニーと呼ばれた少年だけではない。老若男女関係なく、領民と思わしき人々が揃って武装している光景を、グレンダはぐるりと見渡していた。
「どういうこと? 彼らは一体なにを……」
「見ての通りですよグレンダ様。あたしたちこそが、ここボムゥル領の騎士団です!」
長い銃身を縦に構え、得意げに胸を張るセイディ。
「公子様がなかなか騎士を雇いたがらないので、仕方なくあたしたちで自治団を立ち上げ、日々鍛錬を積んでいるわけです! グレンダ様も前におっしゃっていたでしょう? そう、これが軍事の備えってやつなんですよ!」
「あ……あなたたちが自分で?」
「それは公子様への建前だろ? セイディ」
呆気に取られているグレンダに、ヨニーも指で鼻をこすりながら語る。
「ここは俺たちの土地でもあるんだからさ。自分で自分の家を守るのは当たり前っつうか。むしろ畑耕すのと同じくらい大事な仕事っていうか?」
「なに自慢げにしているのよヨニー。餓鬼のくせに偉そうね」
「だ、誰が餓鬼だ! ついさっきお前も同じこと言ってたじゃねえか!?」
セイディに茶化されたヨニーは、今度は怒りで顔を真っ赤に染めた。
周りで彼らのやりとりを眺めて笑い合っている大人たちも、グレンダには、誰もが自ら剣を取り銃を持つことを誇りに感じているように思えたのだ。
(なんて、たくましい人たちなの……!)
グレンダは領民たちに感心し、なにより自分のことを恥じた。
女は騎士になどなれないと度々揶揄されてきた。騎士になった今でも誰かから「しょせん女なんか」と罵られることを恐れるばかりに、ややむきになって鍛錬を重ね続けていた自分自身のことを。
自分がこれまで抱いてきた感情など、彼らの強い佇まいを見ていれば、実に些細であったように感じてしまう。
「というわけで、グレンダ様。これからはグレンダ様にも、あたしたちの研鑽にお付き合いいただきたいんですよ。お暇な時で構いませんから!」
「……う、ぐ」
「さっきからどうしたのヨニー? ……あ、ひょっとして惚れちゃった? グレンダ様ってすごく可愛いものね〜!」
「ち、違うやい!」
まるで説得力のない顔をしてカチコチに固まっているヨニーを、セイディがつっついている様子を見てグレンダは微笑んだ。
左胸に手を当て、小さくお辞儀することで領民たちへの敬礼とする。
「もちろん謹んでお引き受けいたします。なにより、私も今、かなり暇を持て余していますので」
「ですよね〜! 公子様のせいでね〜! あっはは、騎士様も冗談を言うのね!」
セイディがけらけらと笑い転げている。もっともグレンダには、冗談を言ったつもりはなかったのだけれども。
こうして、メイドじみた奉仕生活が続きアルネへの不満を募らせていたグレンダにも、ようやく自分向きの日課が新たに加わることとなったのである。
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