女騎士グレンダ(3)
アクセルの背後で並んで止まる、何台もの馬車。
血を顔に滲ませ全身を雨で濡らした二人の騎士を出迎えたのは、イェールハルドとタバサだ。
「……団、長」
「アクセル・へリッグ。現況を報告せよ」
イェールハルドは傘を刺さないまま馬車を降り、つかつかとアクセルへ歩み寄る。
呆然とした表情を浮かべたままアクセルがなにも答えないままでいると、
「ご覧の通りでは? イェールハルド団長どの」
傘を差したタバサがアクセルの脇を通り過ぎれば、あるじの姿を見つけた途端その場で仰向けに倒れ込んだ自身の騎士へ、その傘を差し向ける。
空から降ってくる雨は凌げても、結局は地面が濡れているから傘の意味はあまりない。しかしタバサにとって重要だったのは、あるじの言いつけを最後まで守り抜いた騎士を賞賛する行為そのものだろう。
「大義だったなエリック。ご褒美だ。今晩は私を好きなように抱いて良いぞ」
「……要らねえ」
冗談なのか本気なのかわからないタバサの言葉に、短く返事するのが精一杯だった。
他の馬車からイェールハルドへ駆け寄ってきた騎士のひとりが、アクセルにとってはもっとも残酷な報告を淡々と告げる。
「アクセル騎士の捕捉後、別の小隊も標的と思わしき馬車を見つけましたが、疾風が如き走りに追いつくこと叶わず、崖下で用意されていた船へ乗り込まれ陸地を離れてしまったために、小隊もそれ以上の追跡を断念いたしました」
変わらず仏頂面を貫くイェールハルドよりも、顔を大きく歪めさせたのはアクセルだ。
その場にひざまずき、拳を地面へ激しく打ちつける。じわり、と自傷した跡が雨で流れ落ちていく。
「……『
報告を聞き入れたイェールハルドは、静かに修羅場の跡を見下ろし。
「本件で我々は此度の侵略者に関わる手がかりも、奴らに対抗する手立ても双方ともに失ってしまったということだ」
その発言をタバサは決して聞き逃さなかった。
驚いてイェールハルドに振り返り、彼が口走った意図を脳内で何度も想像する。
足元でうつむくアクセルの悔しそうな表情からも、彼らが追っていた真の標的にすぐさま思い至ることができた。
「やはり、あの女騎士にもなにか込み入った事情があるのか?」
「……両名が本件の対象だと、初めから申し伝えていたはずです」
さすがに口を滑らせた自覚があったのだろう。
タバサを一瞥したイェールハルドは、あくまでも平静に、しかし公国の未来を嘆くように唸る。
「私の口から確かに申し上げられるのは、此度の
「どういう意味だ」
「これより先は、貴女とその騎士の事情聴取が終わってからに致しましょう」
イェールハルドの合図で、まもなくタバサとエリックが騎士たちに取り囲まれる。
あらかた覚悟していたのだろう、抵抗の素振りを見せずエリックの元から離れようとはしない。
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
「罪人の逃亡
「……へっへへ」
傘越しに空を仰ぐエリックは、罪に苛まれるばかりかむしろ誇らしげに笑っていた。
不思議そうにタバサが遥か高みから顔をのぞきこみ、
「どうした、自棄でも起こしたか? 心配するな。騎士団から
「……そっちの首で済めば良いけど」
不穏な返しがアクセルから聞こえてくるも、タバサはいたって平然としていた。
エリックも笑みを消すことなく、
「そこはほら、タバサ嬢を盾にしてでも全力で逃げますよ俺は。それこそご令嬢に脅されたとか無理矢理やらされたとか言って」
「おや奇遇だな。実は私もまったく同じ手で行こうと思っていた。屈強な騎士に犯されたとかなんとか」
「ふざけんな、全部あんたが責任取れっての。──けど、ああ。今はもうなんだって良いや」
達成感で満ちていた。
悲壮感に包まれた閑静の中で、誰よりも自分の仕事をやり遂げたという充足で雨に浸っていたのはエリックだろう。
「最高の気分だ。グレンダに見せてやりたかったなあ、俺の勇姿」
あるいは騎士道とでも言うべきか。
「俺、初めてアクセルに勝ったぜ」
「……この捻くれ者」
エリックの勝ち誇ったような台詞で、アクセルが息を整えながらふらふらと立ち上がってくる。
自分とグレンダの間を最後まで阻んだ、愚かしくもまっすぐな騎士道を往く自分の同胞──いや。
アルネより誰よりも
アルネとグレンダ──果たして、どちらが本物の魔性を有していたのやら。
ひとりの女騎士を相手に秘めた想いを拗らせ続けていたのは、なにもアクセルだけではなかったらしい。
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