アクセルとメロディアの冒険(4)
「……! そ、れは」
「それはつまり」
アクセルが聞き返す前に、ミュリエルが皿を片付ける手を止めて、
「遭難や転覆が多く発生している地点を、あえて経由する……という意味でしょうか?」
そう確認すれば、食卓を囲んでいた、ウーノ以外の誰もが息を詰まらせた。
不穏な空気がしばらく続く。
「……まさか」
この空気をどう受け取ったか知らないが、ウーノは素知らぬ顔で、
「それはさすがに素人がする無謀だ」
ごくん、とビールジョッキの中身を空にする。
「だがね。自称玄人どもがそういうヤバいルートを避けるために……んでもって、お天気様の機嫌を損ねないように、潮風の流れの通り──神の仰せのままにっつって、馬鹿正直に船を進めてばかりいるんで、いつまで経っても着かねえんじゃないかって話がしてえのさ」
一同は顔を見合わせた。
アクセルも、ウーノがなにを言わんとしているのかを察知する。
流れに逆らう──流れを意図的に止めている誰かの、裏をかくための逆張り。
「よって、近道や座標までの最短ルートじゃない、あえてぐるりと大きく迂回してみるってのはどうよ?」
ウーノは再び、どっしりと椅子へ座り直した。
「もちろん、人間ごときがあんまり自然様に逆らい過ぎると、しっぺ返しがくる。かといって、連中のご機嫌ばかり伺ってりゃあ、船がぐるぐると同じ海を巡るハメになるのも、世話ないんじゃねえのか?」
「勝算は?」
静かに喉を震わせた、アクセルの目つきは豹変していた。
別に怒ってはいないし、ウーノの無鉄砲さを責め立てる意図もない。だが、その碧眼は、人によっては凄まれていると見做されてもおかしくないほどに、鋭く痛い光を放っていて。
「その
今にもウーノへ斬りかかりそうな視線で、メロディアはぎゅっと、近くにいたミュリエルの裾を掴んだ。
よもや、彼が本当に神や、なにかしら不可思議な存在の介入を勘付いていたわけではないとしても。
「そもそも、孤島自体を目指して進んだ船など、ノウドではまず聞かないというお話だったでしょう? 偶然その周辺へ用があった、船乗りの証言というだけであって……つまり、前例はない」
「おうとも」
「なら根拠は? こちらで予定立てていた道筋では目的地へ着けない、逆に、流れに背けば新たな可能性が生じるという、ウーノ氏の見立てや筋は、どれほど理に適っているのです?」
「ないね、そんなもんは」
ウーノはいけしゃあしゃあと言ってのけた。
「根拠も理屈もねえよ、別に。ただの気分だ。強いて言えば、船乗りの勘ってやつかな? はっははは!」
その気分に乗っかれる肝っ玉は、食卓に誰一人としていない。お調子者のハンヌですら下を向いて黙り込む始末だ。もしこの場にタルヴォが居れば、これ以上ウーノが空気をおかしくする前に「黙れ酔っ払い!」と一蹴する頃合いだろう。
しかし。
アクセルだけは、その気まぐれを無謀だと頭ごなしには蹴飛ばせなかった。
馬鹿にできない──とさえ感じる。
もし潮風が常に不安定なのが、魔法使いや、その魔法の大元、幻想上の神とやらのせいだとしたら?
ジュビアみたいな『水』の操り手、あるいはアルネと同じような『風』の使い手が、島の在処を容易に掴まれないよう、よそ者の行く手を阻んでいるのだとしたら?
そいつらの目が行き届いていない、手が回っていない──思考が及んでいない抜け道を探すというのも、また一興なんじゃなかろうか。
ウーノが導き出したひとつの解。
その仮定、その実験──その『冒険』。
(試す意義はある……!)
騎士の勘を頼りにしたアクセルは、がたんと起立する。
驚いて見上げる一同を見渡し、
「やりましょう」
凛とよく通る声で、賛同した。
思いがけない者がウーノに便乗したことで、スヴェンはひゅっと乾いた喉を鳴らし、
「しょ、正気ですかアクセル氏⁉︎」
眼鏡を外し、裸眼でその輝かしい青色の瞳をのぞく。
「お聞きの通り、ウーノはなにひとつ理論立てた話などしていませんけども⁉︎」
「理論など、通じる者と通じない者がいますよ。あなたの元恋人やうちの妹のように」
「なっ、なんですってえ⁉︎」
とばっちりを受けたメロディアが不満をこぼすよりも前に、
「どうせ根拠がなく、理屈が通じない旅路ならば、より勝算が高く見込める作戦を選ぶべきです。それに……」
「それに?」
「……天候に対抗する術は、船の素人たる自分は持ち得ていませんが」
アクセルが脳裏に浮かべたのは、これまでに相対してきた魔法使いたちの顔ぶれ。
──ああ大丈夫だ。
彼らになら、僕は最後まで立ち向かえる。
アクセルは堂々と胸を張り、冒険の仲間たちへはっきりと告げた。
「人や、あらゆる生物の脅威には、騎士たる自分が打ち払い、困難を跳ね除けてみせましょう」
見事に連中の目を欺けたなら幸い。
それか、ウーノの思惑によってむしろ、行く先で魔法使いと直接お目通りするようなことがあったならば。
(ここにいる彼らを守るのが、『騎士』のなすべき務めだ!)
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