アクセルの初恋(4)

「さ、皆さんのところに戻りましょう」


 グレンダは森の奥へ足を進めようとする。


「ああいえ、あなたも川へ用事があったんだったかしら? それとも、私の裸を見たからもう済んだ?」

「……人聞き悪いなあ。身体を洗いに来たんだよ、きみと同じで」

「あらそう。それは引き留めて悪かったわね。ならさっさと用事を済ませてきなさい、皆さんへは私から伝えておきます」

「待ってくれグレンダ」


 アクセルは言葉で彼女をその場に留まらせる。

 岩陰に隠れるような、アクセルの妖しげな微笑みが、グレンダは振り返りがてら少し気がかりだった。


「……なに?」

「実はね、きみと会ったら、真っ先に言わなければいけないことを忘れていたんだ」


 もったいぶった口振りにグレンダは首をもたげさせる。


「昨日のうちに話すべきだったね。身体の汗を洗い流すためにも、まずはこれを頼まなくっちゃ、僕は僕自身の清らかな朝を始められない」

「だからなによ? あなたが洗い流すべきは汗よりも酒よ」

「酒なんてとうに抜けたよ。それよりもさ。これはきみにしか頼めないんだ」


 すらりと伸びたアクセルの足に同化し、腰へ携えてあった長物ながものがグレンダの視界で露わとなる。

 キン、と微かに金属音が響き、朝日がその銀色をいっそう際立たせた。


「どこに行っても、誰に頼んでも厄介払いされちゃって。エリックにも当分会ってないし」

「……ああ、そういうこと」


 唐突にアクセルの真意を図ったグレンダが、自身の腰にも用意されていた、ほとんど同じ規格のそれを抜き取る。

 ぴかぴかに磨かれた銀色の刃が、森奥にて向かい合った。


「是非もないわ、アクセル」


 剣を構えるなり、グレンダの顔つきは一変する。

 両者が殺気に近しいオーラを、全身へまとわりつかせた。


「私もちょうど、今にも身体が鈍ってしまいそうで、あなたの間抜け面を眺めているうちに我慢ならなくなってきた頃合いだったのよ」

「そうかい、頼むまでもなかったか。はは、やっぱりきみとはなあ」


 まったく残念で仕方がない。

 アクセルも、己が性懲りもなく騎士で在らんとあがいている限り、きっと彼女とは己が密かに望んでいた関係性なんか築けやしなかっただろう。


 なにせ、アクセルは、そしてグレンダは。

 集会や酒場や、見合いなどといった、色めかしい場所では縁を持つことが叶わなかった二人だ。

 彼らは、同じ騎士の卵として学び舎で出会い、剣を交わすことでしか、互いの感情を正しく伝え、ぶつけ合ってこなかったのだから。




「あなたに話を合わせた覚えはないわよ。逆に問いたいのだけど、あなたこそ覚悟は出来ていて? 真剣なんか持ち出しておきながら、私に言い訳の余地もないほど打ち負かされる覚悟は?」

「きみこそ、後でアルネ公子やメイドの子に泣きついたりするなよ」


 刹那、重なり合う刃と刃。

 彼女とは、甘たるい愛を囁くよりも、こうした方がずっと心を通わせ合える。




 ごめんよメロディア。

 せっかく彼女の元まで、天の邪鬼だった僕を連れ出してくれたというのに。

 どれほど研鑽積もうが経験を重ねようが、ままならないものだよなあ──初めて抱いた、本物の『好き』ってやつは。

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