024
命名、長女『キキ』。
うん、いいんじゃない? 某アニメ映画のヒロインそのままだけど。
黒髪だからお供のネコの方から貰うことも考えたんだけど、さすがにネコと同列はマズいかもと思って。将来『お父さん、私の名前の由来はなんなの?』と訊かれたときに困る。主人公の方なら『物語に出てくる頑張り屋さんの女の子みたいになって欲しくて付けたんだよ』と言い張ることができる。パンツ見せながらデッキブラシで空を飛ぶ女の子だけど。
むっ? だとすると、いつかメガネのボーイフレンドを連れて来るのか? ……いや、ハリーパパもメガネなら負けない。むしろメガネあってのハリーパパ、いやメガネが本体のハリーパパだ。鼻たれ小僧ごときには負けん、キレキレアクションで迎撃してやるぜ!
それにしても、今日は冷えるな。
洞の中は常春だけど、外はもうすっかり冬だ。今朝は氷と霜が凄かった。ただし俺の周囲を除く。俺の周りは赤外線と風魔法でヌクヌクだ。スキル万歳!
さすがに寒いのか、ヤギママもずっと洞の中にいる。冷え込む前に雑草を刈り込んで備蓄してあるから、食料は潤沢にある。水も俺が出せるし、外に出る必要が無い。ヤギの引きこもり誕生だ。
ただなぁ。
臭うんだよな。牧場独特の臭いが洞の中に充満してる。排泄物はすぐに水で流してるし、換気も十分してるんだけど、ヤギママ自体から立ち昇る臭いはどうにもならない。
洗うか。
多分、生まれて此の方、一度も洗われたことがないはずだ。眷属にしたときの情報からすると五歳だったから、おそらく五年間洗われていないはず。そりゃ臭うのも当然だ。
よし、洗おう! ママが臭いなんて
普通に洗っても臭いは取れないかもしれない。石鹸が要るな。
石鹸ってどんなだったっけ? 学校の実験じゃ、アルカリと油に少しのアルコールを入れて、加熱しながら混ぜてたような記憶がある。原始的な石鹸だと、油と海藻灰を混ぜて煮るんだっけか? 灰が水に溶けるとアルカリになるとかなんとか。
泡立たずにヌルヌルするのはアルカリ性が強すぎるからだって、実験じゃ酸を入れて中和させてたな。動物の肌は弱酸性だって言うし、ちょっと酸性寄りの方がいいかもしれない。弱酸性。レモンとか入れたら香りも付いて良さそうだ。レモンは無いけど、夏みかんみたいなのが山に生えてたな。アレでいいか。
アルカリ、酸、アルコールは毒生成で出せる。温めるのも光魔法でなんとかなるし……あとは油か。
動物性の油は無理だ。油が取れるほど大きな動物がいない。いや、ヤギがいるけど、石鹸のためにヤギママの仲間を殺すのはなぁ。他にコレっていう動物もいないし、動物性油脂は無理だ。
そうすると植物性油脂になるんだけど……何かあったかなぁ?
多分、俺の種から搾ることは出来る。豆油だ。けど、それは絶対やりたくない。間違いなく疑似知覚が余計な仕事をする。多分死ねる。
他に植物油って何があったっけ……ヤシに菜種に大豆に椿、ゴマってところか?
ゴマは無いな。牧場から中華料理店になるだけだ。それはそれで、美味しそうでいいかもしれないけど。
この盆地の気候からすると、ヤシは生えてないだろう。夏はそれなりに暑いけど、冬は滅茶滅茶寒いからな。南国の植物が育つ環境じゃない。
大豆っていうか、豆類も俺しか見たことが無いから望み薄だろうなぁ。盆地全域に分布してる俺だけど、今のところ交雑は起きてないしな。百体以上いるのにボッチだ。くうっ。
菜種って、菜の花の種だよな? 冬じゃ、もう枯れてるか。草だもんな。それ以前に、乾燥にやられて既に全滅してるだろう。
となると、探すべきは椿かな。シャンプーにも椿ってシリーズがあった気がするし、相撲取りが髪につける整髪料も椿油だったはず。その油なら、身体に優しい石鹸が作れそうだ。ヤギでも安心。
よし、探せ! 我が分身たちよ、椿を探し出して我の元へ!
◇
見つからねぇ。
ってか、そもそも俺、椿がどんな木か知らなかったよ。ははは。
花は特徴的だからなんとなく分かるんだけど、異世界の椿もあんな花の形してるのかって話だ。いや、そもそも椿があるかどうかも怪しいか。今更だけど。
とりあえず、再生しかけの森と盆地外縁の山林をブラブラ捜索しよう。別に椿じゃなくても、それっぽい種が見つかればいいんだしな。
油を取るんだから、油ギッシュなテカテカした種がいいはず。枇杷の種なんかはソレっぽいな。栗の殻も黒くてテカテカしてたな。あんな感じの実を探そう。
もし栗があったら、中身は焼いて潰してキキの離乳食にしてもいいな。まぁ、麦も芋もあるから、離乳食のことは心配いらないか。
そういえば米油ってのがあったな。あれって米の油だよな? それなら麦からでも油が取れそうな気がする。麦油だな。
米も麦も中身は炭水化物のはずだから、
だとしたら、ネコ麦からも搾れるかもな。アレなら眷属だから、成長促進で大量に入手できる。実がデカいから、糠の割合は少ないけど量は取れそうだ。あっ、麦の場合は糠じゃなくてフスマっていうんだっけ? どうでもいいか。
なんか、それがいい気がしてきた。収穫までにちょっと時間がかかるけど、安定して入手できるもんな。中身はネコ耳たちにやってもいいし、ヤギママに喰わせてもいい。よし、そうしよう!
場所は本体前の草原でいいか。水やりも楽だし、湿地から運んだ栄養豊富な土もある。これから本格的な冬だけど、寒さ対策は光魔法があるしな。育て方はネコ耳たちを観察してたから大体分かる。うん、問題なさそうだ。
それじゃ探索班は解散! 持ち場で水を供給しながら春を待ちまっしょい! トンネル班は引き続き穴掘りよろしくー。全員俺だけど。
魔王で土建屋で、今度は農家で工場長か。我ながら忙しいことだ。
◇
「キキ、気持ちいいかい?」
「キャッ、キャアーッ! アブゥッ」
「そうかそうか、気持ちいいか」
とりあえず、先行で浴槽を作ってみた。総木造り(俺の身体の一部だから)という贅沢な湯船だ。檜や杉ほどいい匂いじゃないけど、木の柔らかい匂いがする。スーツにメガネのまま入ってる俺からも匂いがする。滲みだしてる? スーツもメガネも俺の身体の一部だから脱げないんだよな。
娘は大興奮だ。今まで水浴びだけだったもんな。初めての入浴で興奮するのも分からないではない。おおっと、興奮しすぎて脱糞かい? すぐに入れ替えるから心配いらないよ。
いずれヤギママも入れるつもりで大きく作ったんだけど……。
「ベェエェ~」
もう浸かってるし。満足げな鳴き声あげてるし。目、細めてるし。そうか、気持ちいいか。
お風呂作ったとして、素直に入ってくれるか、どうやって入れるか悩んでたのがバカみたいだ。勝手に入ってくれるとは。
まぁ、温泉にサルやクマが入るっていうのはよく聞く話だよな。カピバラが浸かってるのも見たことがあるし、ヤギが入っててもおかしくない。おかしくないよな?
もしゃもしゃ。
風呂の中で反芻してるし。満喫してるなぁ。まぁ、気に入ってもらえたなら何よりだ。
充満してた牧場臭も大分薄れたし、結果オーライ。これでいいのだ。
俺の苦労は報われたのだ、多分。
でも石鹸は作ろう。意地で。
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