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「……」

「……」


 退却中の馬車の中は、お通夜以上に空気が重い。お線香の匂いはしない。剣の聖者おじいちゃんの加齢臭はしているかもしれない。

 剣の聖者は腕を組んで座ったまま、何も話さない。同乗してる副官のおっちゃんが、ものすごく気まずそう。

 『沈黙は金』って言葉があるけど、それくらい空気が重いから金なんだろうな。もっと後の時代にこの言葉ができてたら『沈黙はイリジウム』とかだったかもしれん。重くて硬いぞ。


 ちなみに、俺はいつものように床板の一部に化けている。馬車は木の部品が多くて化けやすい。

 べ、別に踏まれたいとか思ってないんだからね! 美少女なら歓迎とか思ってないんだからね! 裸足ならなお良しとか思ってないんだからね!


「……数で負け、技量で負け、戦術で負け。何もさせてもらえんかったな」

「はい……」


 ようやく喋ったと思ったら泣き言かよ。

 ふふん、そうとも! 初戦は俺様の勝ちだ! 圧勝だ! ざまぁ!


「あの防壁を破るには、少なくとも五千は必要じゃろう。今の我が国の兵力では足りん」

「……」

「破城槌も運ばねばならんが、馬は使えん。人力でとなると、多くの人夫が必要となろう」

「はい」

「今回のように武器や食料を奪われんよう、見張りを増やす必要もある。それも一日中じゃ」

「はい」

「人が多くなれば行軍は遅くなり、それに応じた糧食も必要になる。しかし、今の軍にそんな余裕はない」

「はい」


 ふむ、問題点の洗い出しか? まぁ、手も足も出ずに逃げ帰ってるからな。反省と改善は確かに必要だ。


 何が悪かったのか? そんなの、調査も作戦も杜撰だったからに決まっている。

 なにしろ、俺のことを碌に調べもせずに攻めてきてるんだからな。

 俺がどんな力を持っているか、どんな兵力を保持しているか、パンツの色は何色か、何も調べずに攻めてきているんだからな。そりゃ勝てるわけがない。

 ちなみにパンツは履いてない。人型組は、男はトランクスっぽく、女はパンティっぽく変形させた葉っぱを纏わせてるけど、あれも俺の身体の一部だから、厳密には履いてない。服も着ていない。

 大魔王タイプはそれすらも履かせてないしな! トーガが脱げたら即ボローンだ。いやん。


「……これは、聖下に国家総動員令の発令を進言せねばならぬかもしれんのう」

「それはっ! ……いえ、それ以外ない、かもしれません」


 むう、国家総動員令だと? 聞いたことがある! 知っているのかライデ◯!?


 アレだろ、日本でも戦時中に発令された『欲しがりませんカツめしは!』とかいうやつ。美味しいのになぁ、カツめし。デミグラスソースが全てを決める。

 そのデミグラスソースっていうのが良くなかったのかもしれないな、戦争中だったから。これが味噌とか醤油ベースの和風ソースなら許されたかもしれん。味噌カツめし、うん、美味そう。

 『それ、味噌カツ丼じゃね?』という声が聞こえそうだけど、違うんだなこれが。カツ丼は豚肉、カツめしは牛肉という明確な違いがあるのだよ! これ重要! 試験にでるから! 加古川検定な!


 まぁ、戦争に国力全部を注ぎ込みますよって話だよな。そこまでしないと大魔王には勝てないぞと、そう教皇様に進言しようってわけだ。


 んー、それって、どうなのかねぇ?

 いや、短期的にはそれなりの効果があるかもしれないよ? 生産力や人的資源を全部戦争にぶっ込めるわけだから。

 でも、中長期的には経済が先細って人的資源も枯渇して、国全体に貧困が蔓延するんじゃないかなぁ?

 結局、戦争は継続できなくなるんじゃないかと俺は思うわけですよ。知らんけど。


 それに、この世界には魔法や技能スキルがあるしな。有象無象を大量に投入しても、名持ちひとりに一蹴されて終わりだと思うんだよね。人的物的資源の無駄遣い。

 事実、俺はひとりで教国と戦争して、軍隊相手に完勝してるわけだし。

 だからこういう世界ファンタジーの戦争って、少数の実力者とそのサポート数名だけでやるのが正解なんじゃないかと思うわけですよ。

 その方が効率的じゃん? 雑兵は邪魔なだけじゃん?


「大魔王討伐は国是じゃ。やらぬわけにはいかん。攻め込まれておるわけじゃしな。敗れることは、即ち国の崩壊じゃ。ならば、国力の全てを注ぎ込み、勝つ以外に我が国の未来はない!」

「はい、仰る通りです!」


 ああ、そもそも長期戦をする気はないのか。

 長期戦ってことは、侵略された土地を取り返せない、大魔王の支配を認めるってことになっちゃうからな。

 それは国是で認められないから、可能な限り短期で決着させるために国家総動員令を出しましょうってことだな?

 確かに、負けたら国が無くなっちゃうわけだし、勝つための多少の無理は仕方がない、か。なるほど。


 いいでしょう! ならばその勝負、受けて立ちましょう!

 ただし、大魔王流だけどな! 変化球投げまくりだけどな!



「なっ!? 食料がない!? 秋の収穫が終わったばかりじゃぞ!?」

「そ、それが、国内の余剰食料を商人が買い漁っていったようでして……大きな戦争が始まるということが民の間に知れ渡っておりまして、その特需を見込んだ買い占めが……それに加えて、今回の敗戦の報が民に広まっておりまして、庶民の間でも買い占めが……」

「ぐぬぬぬぅ……」


 ふひひひ。

 町まで引いてきた剣の聖者が慌ててる。作戦通り!


 まぁ、最初は俺が商人に化けて買い占めして回ろうかと思ってたんだけどね、途中で『軍資金が足りないかも』って思ってさ。方針転換したわけよ。


 つまり、教国中の商人に『ついに大魔王との戦争が始まるらしいよ? いまのうちに食料とか武器とか買い占めておけば、後で軍に高く売れるんじゃない? 今、秋の収穫直後で安いしさ。差額でガッポガッポ儲けられるかもよ?』と吹き込んで回ったわけさ。

 するとあら不思議、収穫後で市場に溢れているはずの食料が見当たらないではありませんか!

 わずかに出回っている分も、いつもより割高。庶民のお財布は大打撃ですよ!

 それもこれも、戦争が起きてしまったから。

 しょうがないね。国への不満が溜まるよね。


 戦争が終われば元に戻るはず。それまでの我慢。

 今を耐えれば、そのうち元通りになるはず。


 そう庶民の皆さんは考えているはず。

 でも実際は、教国軍は何もできずに負けて帰ってきたわけで。

 そうすると、庶民の皆さんは思うわけですよ。『やばい、これは長引くかもしれない。今のうちに食料を買い占めておかないと』とね。

 そんなわけで、ただでさえ少なかった食料はほとんど出回らなくなり、価格も大暴騰というわけですよ。


 それでも軍は食料を買わざるを得ないから、その分国庫は圧迫される。予算がどんどん無くなっていく。

 もし、それを嫌って徴発なんかした日には、民の不平が溜まって内乱の危機だ。食い物の恨みは恐ろしいからな。


 これで、しばらくの間教国軍は攻めてこられないだろう。身動きが取れまい。

 その間に、俺はさらに侵略し、防備も固める。国のメンツは丸潰れだな。

 そして俺は油断すること無く次のカードを切る! ずっと俺のターンだ!

 圧倒的じゃないか、我が軍は! ふはははは!

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