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「どういう事じゃ!? あの様な防壁があるとは聞いておらんぞ!」

「よ、四日前に戻った斥候からは何も聞いておりませんっ!」


 おおっと、剣の聖者おじいちゃんが怒ってる。怒鳴り声が外まで聞こえてるよ。

 怒っている相手は副官かな? テント越しだからイマイチよくわからん。

 だめだよ、そんな大声を出したら。怒る時は、その人ひとりだけのときに怒らないといけないらしいよ? 理由は忘れたけど、会社の研修で講師の人がそう言ってた。

 まぁ、俺は怒られたことしかないけどな! 下っ端だったからな!


 教国軍は防壁から二キロくらい離れたところまで引いて、そこでキャンプしている。体勢の立て直しを図ろうってわけだな。

 もうすっかり夜も更けて、空には大小ふたつの月が煌々と輝いている。教国軍のキャンプにもいくつもの篝火が焚かれて、月に負けない光で周囲を照らしている。

 まぁ、俺にとっては隠れられる影が増えてありがたいだけなんですけどね。【隠密】と【聞き耳】、【形状変化】、あとは隠れられる影さえあれば、厳重警戒の前線基地への潜入も、ほら、この通り。


「あんなものが一日二日で作れるわけがなかろう! その斥候は何を見ていたのじゃ!」

「ははっ! 後ほど厳しく追及致しますっ!」

「追及なぞせんで良い! 問題はあの防壁をどう攻略するかじゃ!」

「は、ははっ!」


 あー、その斥候さんは悪くないよ。あの防壁、一昨日移築したものだから。四日前には無かったんだよね。無いものを報告はできないよね。


「……ふぅ。すまんな、取り乱してしもうた。予想外のことが続いて、頭に血が上ってしもうたようじゃ。許せ」

「いえ、無理もないことかと存じます!」

「そうじゃのう。防壁もじゃが、あの弓もとんでもなかったからのう。あの距離から盾を貫いてくるとは思わなんだわ。まるで弓の聖者のようじゃったな」


 ほう? 弓の聖者ってことは、多分弓聖の称号持ちだよな? そいつは俺のスネ毛複合弓と同じくらいの威力の攻撃をしてくるのか。難敵だな。何か対策を講じておかないと。


「数も多い。難民の話では千ほどしかおらんという話じゃったが、あの防壁の上にはその倍はおった……これは厳しいのう」

「引きますか?」

「バカを言うでない、一合も交えずに引けるものかよ。とはいえ、このまま攻めても犠牲が増えるばかりじゃろうしな」


 ふぅん。お爺ちゃん、結構冷静に考えてるな。

 盾の聖者はモロに直情型の狂信者って感じだったんだけど、聖者が皆直情型ってわけじゃなさそうだ。そうだったら楽だったんだけどなぁ。俺、煽るのは得意だから!


「後詰の『弓』と『拳』が来るのを待つか? 『拳』はともかく『弓』が来れば、少なくとも撃ち合いで一方的に負けることはないじゃろうしな。あの防壁も『拳』ならばなんとか出来るやもしれん」

「そうですね。ここで戦線を維持しつつ増援を待つというのは良い案かと思います」


 おいおい、拳の聖者って、この防壁をどうにかできちゃうのかよ!? それ何処のユウジロウ!? そんな援軍は来なくていい!


 教国が出せる兵は最大で二千くらいのはずだから、俺の数的有利は覆らないとは思うんだけど、名持ちの能力が不明っていうのは不安要素だな。

 この剣の聖者の能力も分かってないし。鋼を切り裂くとかだったらどうしよう?

 まぁ、槍聖アローズと大きな実力差はないとは思うんだけど、対策をしておいて損はない。防災は日頃の心構えからですよ。


 うーん、弓の聖者は、最悪、数で押し切ろう。デカくて硬くて厚い盾を並べて、その隙間から間断なく撃ち込む。うむ、これだな。

 こっちは動く必要がないから、盾がどんなに大きくて重かろうが関係ない。物陰に隠れて撃つだけだ。狙い撃つぜ!


 問題は拳の聖者だな。

 お爺ちゃんの話しぶりからすると、攻撃力がかなり高いっぽい。壁を壊すって言ってたし。気功でも使うのかね?


 となると……脱ぐしかないか? こっちもお爺ちゃんアーサーを出して、脱衣の極みを見せる……いや、それは最後の手段だな。お爺ちゃんの裸に需要があるとは思えん。エグジーなら微レ存?

 ロキシーなら需要は有りまくりだろうけど、スズキさんロリコンが大量発生しそうだしな。社会問題になったら困る。

 でも、脱がせるならやっぱ女性タイプだよな! 異論は認めない!

 ということで、拳の聖者が来たら、相手はライチ姉さんパパイヤにお願いしよう! 身軽なぽっちゃりさんの拳を受けてみよ! 赤ちゃんみたいにぷにぷにだぞ!


 まぁ、それは戦闘になったらっていう前提の話だけどな。今日は、それを回避するために潜入してきたわけで。

 ということで、ここからは小細工の時間ですよっと。



「何っ!? 食料が!?」

「は、はいっ! 昨夜のうちに何者かによって、ほとんどの食料が持ち去られたようです!」

「何者かなど、考えるまでもないわ! 大魔王に決まっておろう!」

「は。はいっ! 失礼しました!」


 ふひひひっ。慌ててる慌ててる。

 この大怪盗ボンちゃん三世が盗み聞きだけで済ませるわけがないだろう? もっと大事なものを頂いていくに決まってるじゃないか。

 そう、貴方の心です! 平常心を頂きました!

 まぁ、食料を頂いただけなんだけどな。あと、まだバレてないみたいだけど、余剰武器とかも頂いてる。バレた時には、更なる平常心を頂くことになるでしょう。ふひひひ。


「……それで、残った食料で何日耐えられる?」

「は、はい! ……おそらく、可能な限り減らしても三日が限度ではないかと……」

「三日……無理じゃな。それでは攻められんし耐えられまいよ。撤退じゃ、最寄りの町まで兵を引く。全軍に準備をさせよ」

「は。……無念です」


 よし、狙い通り!

 やっぱね、『腹が減っては戦はできぬ』っていうのは真理だね。俺も光合成できなかったら何もする気になれないもん。

 なので、教国軍の皆さんにも『戦はできぬ』状態になってもらうことにしました。腹ペコでやる気が出ないよ状態ね。


 いつかの皇国軍の時みたいに、身ぐるみ剥がして砂漠にポイッてしてもよかったんだけど、それだとまた人数を集めて攻めてきちゃうんだよね。

 でも兵士の人数はそのまま、増援で更に増えるとなると、その分食料も武器防具も必要になる。その準備には多くの時間と労力と金銭が必要になる。

 そして、それは国の財政を圧迫して戦争継続を困難にさせる。

 つまり、経済的な戦争を、俺は仕掛けているわけだ。

 使える手は何でも使っちゃうよ! 手じゃなくて枝だけど。


 この剣の聖者の軍は近くの町まで撤退するみたいだけど、そこはそんなに大きな町じゃない。軍隊を長期駐留させる余裕なんてない。俺が追い出した難民も抱えているしな。

 当然、食糧難になって貧困が蔓延する。

 国に対する信頼は下がり、不平が溜まって信仰も薄れる。


 そこへ、俺が改修した快適な町が出現したら? 移住条件が改宗だけだったら?

 転ぶよね! 生きるためだから仕方がないっていう、自分を納得させられる理由も用意されているしね!

 教国の教えを捨てさせるには、こうするのが一番手っ取り早いと思うんだよね!

 ふひひひ、俺って悪辣ぅ!


 まぁ、改宗する宗教がアレだっていうことが心配だけど、多分なんとかなるでしょう! 知らんけど!

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